◆「表現の自由」を守るために
映画『靖国』『ザ・コーヴ』上映中止騒動が起きたとき、映画の内容が「反日的」、あるシーンが「ねつ造だ」と非難する人たちがいた。慰安婦問題に関しては、その多くが「慰安婦はねつ造」「単なる売春婦」「慰安婦の証拠を見せろ」などという誹謗・中傷が際立つ。

慰安婦問題に対する様々な見解や異論も、もちろん「表現の自由」である。それが暴力的なものでなければ、「抗議する」自由も権利もある。どんな問題でも、誰でも自由に批判や論争をできる環境。それぞれがジャッジや評価を自由に下せる社会が民主主義の前提だ。
しかし、それを実現するためには、まず「見る」「見せる」、「知る」「知らせる」、「聞く」「聞かせる」場所と機会と人を守らなければならない。
社会学者の芹沢一也は以前こう書いている(2010年3月に共同通信から配信された連載企画「論考2010」)。

「ネガティブな現象にどう対処するか、そこには社会がもつ性格がはっきりと顔をのぞかせる」
「ネガティブな現象を前にしたときこそ、その社会の本質が立ち現れる」
「新宿ニコンサロン中止問題」は、明らかにネガティブな現象だった。そして、この問題を前にしたとき、ニコンだけではなく、誰がどう対処したか、しなかったか、日本社会の性格と本質が確かに立ち現れた。

今回の写真展だけに限らず、映像でも文字でも絵画でも、ある表現行為や場所をはく奪されるような事態に対して、表現活動に携わる、特に職業人が、「黙っている」「何も言わない」ということだけは絶対にできない。
「厄介になりそうだな」

「できれば関わりたくないな」
そんな意識が自らの心と身体の中に芽生えてくるとき、そこで踏ん張らなければ、その連鎖の根は断つことはできない。いったん「引く」と、自らも周りも少しずつ足なみをそろえて引いていくのではないか。それを断ち切るためにも、新宿ニコンサロン写真展で何が起きたのかを知り、そして、表現行為に関わる様々な"ネガティブな現象"を注視しなければならない。

「表現の自由を守る」ということは、その表現者だけを守るという意味ではない。展示・上映会場、スタッフや受付、出版・販売をする人たちなど、その表現を支えよう、機会を提供しよう、多くの人に観てもらおうという意思ある人たちすべてを守るための闘いでもある。(敬称略)
(おわり)

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綿井健陽 (映像ジャーナリスト/日本ビジュアル・ジャーナリスト協会共同代表)
◆写真家・安世鴻氏 写真展とインタビュー(動画・6分)大阪
◆写真家・安世鴻氏 写真展と記者会見 ニコンへの抗議文書手渡し(フル動画・58分)大阪
~この記事は、2012年9月に発売された『検証・ニコン慰安婦写真展中止事件』(産学社 / 新藤健一・責任編集)からの転載です。