◆金正恩体制のイメージ戦略に踊らされた世界のメディア

2月12日に北朝鮮が核実験行ってからほぼ二か月間、筆者のもとには外国メディアから、かつてないほどの問い合わせがあった。曰く「戦争は起こるのか?」と。

韓国ソウルに集結した外国メディアは連日戦争勃発の危機を訴え、それが世界を駆け巡った。この期間にイラク取材に出かけていたアジアプレスの同僚は
「おい日本は大丈夫か、北朝鮮が核戦争起こすんだって?」
と、バグダッドで毎日のように訊かれたそうだ。日本の政府とメディアの騒ぎぶりについてはご存知のとおりである。

(参考写真)栄養失調で病院に護送される途中の工兵部隊の若い兵士。2011年7月、平安南道で。(撮影/具光鎬)

(参考写真)栄養失調で病院に護送される途中の工兵部隊の若い兵士。2011年7月、平安南道で。(撮影/具光鎬)

 

さてこの<戦争騒動>、仕掛けたのは金正恩政権である。休戦協定の白紙化、核で火の海、最後通牒、沖縄、横須賀、グアムなどの米軍基地を攻撃するなどなど、官営メディアを使った「口撃」で脅し、長距離ミサイルを東海岸に移動させて発射のそぶりを繰り返す。

ユーチューブには米国攻撃を示唆するバーチャル動画がアップされた。騒動のピークは開城工団から韓国企業人員を退去させた4月末であった。金正恩政権は、狙い通り世界を揺るがすことに、少しの期間だけ成功したのである。

騒動の最中、筆者は「戦争は絶対に起こらない」と述べ続けた。なぜできないか。筆者は軍事の素人であるが、北朝鮮軍が<弱い>ことぐらいはわかる。 軍用車両や航空機を動かす石油がまったく足りない。後方の軍用トラックのかなりの割合は木炭車である。地方の軍施設の大半は停電が常態化し、兵士の三~五 割程は栄養失調。士気は低い。

もちろん、よく鍛えられた特殊部隊は存在するし、細菌・化学兵器などの大量破壊武器を持っている可能性が高い。だが、それらは一時的局地的な戦闘には有効かもしれないが、現在の経済力では朝鮮半島の雌雄を決するような全面戦ができるはずはないのだ。

それをあたかも、北朝鮮が大変な軍事強国で、すぐにでも本気で戦争を始めようとしているかのように世界のメディアに報じさせたのは、北朝鮮の<イメージ戦略=バーチャル戦の勝利>だったといえる。

周知のとおり、外国メディアは北朝鮮国内で自由な取材がまったくできない。軍事関連の取材はなおさらである。報道に不可欠な写真や映像がとにかく不足しているわけだ。

北朝鮮当局は、外国メディアを取捨選択した上で、自国の都合に合わせて入国を認める。その多くは、北朝鮮当局が見せたいものがある時である。大きなイベントや立派な施設のお披露目、外交交渉のために好イメージを作りたい時などだ。
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