◇命あるうちに解決を
アスベストは見えない。それを吸いこみ、長い潜伏期間を置いて発病する。そうした意味では放射能被害とよく似ている。肺に突き刺さった石綿は被害者たちを最期まで苦しめる。長年、被害を知りながら放置してきた国の責任を問うた裁判では、地裁では勝訴したが、高裁では全て棄却された。2陣裁判は8月23日に高裁判決を迎える。日常生活さえ不自由なう中、更なる被害者を出さないためにもと裁判を起こした原告たちに、訴訟にかける思いを聞いた。(聞き手 ラジオフォーラム 鈴木祐太)

Q:一番訴えたいことは何ですか?
岡田陽子:アスベストを他人事と思わないで欲しい。建物を解体する時に、アスベストを撒き散らさないように対策をしないところも多い。震災でもアスベストは飛んでいる。どこでアスベストを吸引して病気になるか分からない。危ないと分かっていたなら、なぜきちんと対策をしてくれなかったのかと疑問に思います。対策さえしてくれていたら、私は(アスベスト工場の)労働者でもなかったし、50代の今なら仕事もしていたでしょう。子どもが高校2年生の時、私は酸素を吸うようになりました。酸素を持って高校の三者面談に行くのはとても嫌でした。

石川チウ子:まだ裁判を起こしていない人も、なるべく、裁判してほしいです。私たちの地域では、「関係ないから裁判に誘わないで」、「石綿というのが分かったら、子どもが嫁に行けなくなるから言わないで」と言われます。

岡田:泉南は結構、田舎です。工場という感じではなくて、従業員が10人ほどの零細企業でした。親戚が経営してるから裁判には関われない、と言われることもあります。肺の病気はうつるから知らん顔しとこう、という空気もあります

石川:結核はうつるからみんな嫌がりました。だけど、アスベストは結核とは違います。保健所が調べに来て、肺が白くなっていたら結核と言われて、差別されて自殺する人もいました。白くなっていても差別されたら怖いから言うな、ということもありました。石綿の病気でも、肺の病気が原因とした例もありました。「石綿の病気ではうつらへんよ」と言っても、「そんなの怖いから言わないで」と言われるから、言わないようにしていました。

佐藤美代子:私の主人は補償の期間内に働いていなかったので(労災が)認められませんでした※。アスベストの100年の歴史のうち、たった10年しか認めないのはおかしいと思います。それ以外の期間、石綿工場の中の空気がきれいだったわけではない。主人の工場に昼のお弁当を持って行った時、工場のドアを開けるなり、白い埃で1メートル先が見えなかったです。今、弁護士さんも、補償期間になっていない期間も認めてもらうように動いてくれています。弁護団には本当に感謝しています

Q:今、気になっていることは何ですか?
佐藤:裁判をはじめて8年になります。その間、10人が死んでいます。それを分かってもらいたい。岡田さんのお母さんも去年の2月に亡くなりました。今もたくさんの被害者が苦しんでいます。どうか命がある間に解決して欲しい。命を削って生きてる人に、「もう少しで判決出るからね、それまで頑張ろうよ」とは言えません。私は主人に、「裁判勝つまでがんばろうね。長生きしようね」って言うと、「俺はもうええ、こんな苦しいのはもうええ、すまんな、すまんな」と。原告が1人でも欠けないように早く解決して欲しい。その思いでいっぱいです。
アスベストは世界中で使用されており、誰がいつどこで吸うことになるか分からない。2020年頃には、アスベストを使用した建物の解体作業がピークを迎える。また、日本をはじめとする先進国ではアスベストの使用は禁止されたが、中国・インドなどの途上国では現在も使用量が増加している。そうした国々から日本に輸入される商品に、アスベストが含まれていることもある。アスベスト問題が大きく取り上げられることはあまりない。しかし、その危険が去ったわけではない。
この判決では、1960年4月1日から1971年4月28日までの期間にアスベスト工場で作業に従事していた原告に対してのみ国の責任を認めた。しかし、佐藤さんの夫が就労していたのは1974年以降なので、この判決では補償を受けることが出来ない。岡田さん自身も石綿工場で働いていたわけではないので、賠償を求めた裁判では敗訴している。

◆石綿=アスベストとは アスベストは天然に存在する鉱物の一種で、耐熱性、電気絶縁性に優れ、摩擦、酸、アルカリに強く、加工しやすいなどの利点がある。その一方で、粉塵を大量に吸い込むと、20年~40年の潜伏期間を経て中皮腫や肺がんなどを引き起こす。そのため、「静かな時限爆弾」と呼ばれている。アスベスト全体の約8割は、ビルや工場などの建材に対して使われており、これらの建物の解体のピークは2020年頃と言われている。

◆泉南アスベスト訴訟とは 戦前からアスベスト紡織産業が盛んだった大阪府南西部・泉南地域の人々が、「石綿肺にかかったのは国が規制を怠ったため」として、06年に国家賠償請求訴訟を提起。一審は、「国がアスベストの危険性を認識していた時期に被害を防ぐ規制権限を行使しなかったのは違法」として原告が勝訴したが、二審の大阪高裁では敗訴。現在、最高裁に上告中。第2陣訴訟は一審で原告が勝訴したが、原告、国とも控訴。高裁判決は8月23日の予定。

◆インタビューに応じてくれた原告の紹介
岡田陽子さん(57歳)
父と母が働いていた泉南の濱野石綿の社宅で生まれる。父は95年、母は11年、ともにアスベストが原因で亡くなる。陽子さん自身は、アスベスト工場で働いた経験はなく、元気な時は看護師をしていた。

石川チウ子さん(75歳)
島根県隠岐郡西ノ島生まれ。57年から68年まで泉南の三好石綿で働く。06年びまん性胸膜肥厚と診断。

佐藤美代子さん(64歳)
夫の健一さんは74年から05年まで、五つのアスベスト工場で働いた。石綿肺になった後、肺がんも併発し、09年9月に多臓器不全のため64歳で亡くなる。