○金正恩氏の「勘違い」

石丸:なるほど、金正恩氏の政治判断の失敗と見ることができるということですね。失策の原因はどこにあると見ますか?

チャン:私は、これまで金正日が続けてきた先軍政治を続けさせるため、軍部が金正恩をせっついたのではないかと 見ています。国内政治における影響力や地位を守りたい軍部と、自身の「イメージ作り」をしたい金正恩の利害が一致したのでしょう。しかし、緊張状態を続け ることで、一歩間違えば国内でも矛先が自分たちに向ってくるということは、軍部自身もわかっていたはずです。それにもかかわらず、緊張状態が続いたことを 見ると、軍部と金正恩の間に軋轢があって、正常な判断がなされなかったと思います。

石丸:北朝鮮国内ではこれまで、今回のように戦争が起きるという緊張状態を作りだしたことがありましたか?

ハン:94年に金日成が死亡した当時も、韓国が警戒を強めているという理由で、北朝鮮も準戦時態勢を宣布したことがありました。当時は、政治学習も盛んに行われましたし、幹部をはじめ全ての人間が戦闘態勢に入りました。赤衛隊の服装をして、迷彩も施しましたね。

石丸:人びとの反応はどうでしたか?

ハン:あまりにも準戦時、準戦時というので、逆に緊張はどんどん薄れていきました。今回も同様ですね。皆、終いには気にもとめず、自分の商売だけに気を使ったと、内部から伝え聞いています。

チャン:北朝鮮の準戦時態勢というのは、攻撃的なものではなく、国内向けの防御という性質が強いですね。

ハン:そうですね。今回の騒動では、北朝鮮の国営メディアがヒステリーに近いかたちで盛んに騒いでいましたが、 私はそれを見ながら、いったい落としどころをどこにするつもりなのか、とても気になっていました。しかし(失敗に終わったので)、今後は、あそこまでひど い吠え方をすることはないでしょう。

チャン:先日、米国に行ってきたのですが、まず聞かれるのは「金正恩は核を撃つのか」ということでした。まったく、金正恩は世界に、自分をチンピラとして売り込むことには成功しましたね(笑)。

ハン:そうですね、父親の金正日式の恫喝外交は通じず、イメージだけが悪くなりました。米国の大学生の7割が、 北朝鮮は注意すべき国家で、このまま放置してはいけないと答えているそうです。金正恩の勘違いは何かというと、国際社会がじっとしている理由は腰抜けだか らなのではなく、争いを望んでいないからだという点を理解していないことです。

チャン:金正日の真似をすればするほど、外交的な権威は失われ、海外からの支援も望めなくなるということを知る 必要がありますね。今回の騒動では、結局、戦時備蓄米まで住民に分け与える事態にまでなりましたから。明確に「間違いだった」という点に気づくきっかけに なればいいと思います。(つづく)
編注1:38度線の非武装地帯で1976年に起きた、国連軍と北朝鮮軍との衝突事件。国連軍の兵士2名が死亡した。

編注2:1968年、米海軍の調査艦プエブロ号が、領海侵犯の疑いで北朝鮮に拿捕された。米国がスパイ活動を謝罪する文書にサインすることで、乗組員が解放された。プエブロ号は現在も平壌の大同江に係留され公開されている。

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