日本入りした脱北者として初めて大学を卒業したリ・ハナさん。今年1月刊行の手記「日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩」は多くのメデイアに取り上げられた。撮影:金慧林
日本入りした脱北者として初めて大学を卒業したリ・ハナさん。今年1月刊行の手記「日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩」は多くのメデイアに取り上げられた。撮影:金慧林

「私、北朝鮮から来ました」記事一覧

第16回 「模範生」だった人民学校時代(3)
◇ 盛りだくさんの課外活動

授業が終わると、私たちはお昼ご飯を食べに家に帰ります。たいていは家が近所なので、急げば、与えられた1時間の間に昼食を済ませて学校に集合することができました。

放課後は、何らかの課外活動が入っているのが普通でした。受験の時期や学校対抗の競演(注:試合や大会)があるときは、クラス全員、もしくは選ばれた数人が教室で午後の復習をすることもありました。全員が復習をするときは、全員ができるまで帰らせないので、勉強ができる子たちが後れた子をサポートしたりもしました。私は、第一高等中学校へ進学するための復習や、暗誦競演などの大会に参加するための復習にも選ばれて参加することがありましたが、そのときは、他の課外活動を免除され、教室に集まって夜遅くまで勉強をするのでした。

暗い夜道を歩いて家に帰るとき、ふと空を見上げると、まるで空全体に宝石をちりばめたように、星のじゅうたんが空いっぱいに広がっていました。また、その星のじゅうたんは、手を伸ばすと届くかのようにとても低く広がっていて、星もびっくりするほど大きく見えました。あまりに壮大な星空を目の前にして、私はきれいと思うより、怖いと思ってしまいました。怖くて二度と星空を見上げることもできず、逃げるようにして家に走ったことを今でも覚えています。

その後の中国でも、ここ日本でも、それだけたくさんの星が輝く空を見たことはなく、大人になった今の私なら、きっとそのときの星空を見て、「絶景だ!」と感動していたことでしょう...。

「午後の復習」以外の課外活動と言えば、たくさんの行事への参加、その参加のための練習、糾察隊事業(注:労働者糾察隊など大人たちで構成される糾察隊もある。学生糾察隊は生徒たちで構成され、学校内で生徒たちの身だしなみのチェックなど、社会主義の精神にそぐわない行動をする生徒を取り締まり、上部に報告する。

学校内だけでなく、放課後に町に出て、大人たちを取り締まることもある)、農村支援、鉄道支援、学校内掃除、くず鉄や古紙、使わない瓶やガラスのかけら等を集める収集事業など、毎日必ず何らかの課外活動がありました。音楽やテコンドーのサークルなどに所属していない生徒たちは、例外なく参加し、よほどの理由がない限り課外活動を抜けることは許されませんでした。

そこは賄賂でなんとかなる問題ではなく、たとえそういう手を使って抜けたとしても、同級生たちと疎遠になり、仲間外れにされることもあるので、ほとんどの生徒はなるべく参加していました。娯楽の少ない私たちは、家に帰ってもやることがなく、みんなで集まってワイワイするのが、一番楽しかったのです。

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