神戸連続児童殺傷事件から17年。被害女児、山下彩花ちゃん(当時10)を追悼する「彩花桜」が今春も満開で新入生を迎えた。(神戸市須磨区市立竜が台小学校 撮影・新聞うずみ火)

神戸連続児童殺傷事件から17年。被害女児、山下彩花ちゃん(当時10)を追悼する「彩花桜」が今春も満開で新入生を迎えた。(神戸市須磨区市立竜が台小学校 撮影・新聞うずみ火)

◆苦しみ続けた被害女児家族

神戸市須磨区の市立竜が台小学校の正門近くに1本の桜の木が植えられている。神戸連続児童殺傷事件で犠牲になった山下彩花ちゃん(享 年10)を偲び、同級生や保護者、教職員たちが11年前に植樹した「彩花桜」。入学式にはたくさんの花をつけ新入生を温かく迎え入れた。「ずっとそばにい るよ 姿は見えなくても 彩花」。プレートには彩花ちゃんへのメッセージが刻まれている。(矢野宏)

事件が起きたのは1997年3月16日。「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」を名乗った少年Aにハンマーで何度も殴りつけられた彩花ちゃんは1週間後、意識が戻らないまま亡くなった。

17回目を数える命日の3月23日、かつての同級生たちが手を合わせに来てくれた。
「いつまでも娘のことを忘れないでいてくれるのは親として嬉しいのですが、複雑な気持ちです」と話す父の賢治さん(65)。

母の京子さん(58)もこう言い添えた。
「皆さん成長されて、彩花も生きていれば同じように成長していたのだろうなあと、重ね合わせて想像するのですが、顔は10歳のままなんです」

居間のピアノもあの日のまま。事件に巻き込まれる数時間前まで、京子さんに弾いて聞かせてくれたという。
「あの日、『もう一回弾いてあげる』とか、『お母さん、一緒に弾こう』とか言って何度も弾いてくれたんです。もうすぐ永遠の別れになることを知っていたかのように......」

毎年3月、夫妻は竜が台小を訪ね、卒業式を控えた6年生に「命の授業」をおこなっている。彩花桜の植樹がきっかけとなって、ようやく足を踏み入れることができた学校。今年も事件のこと、彩花ちゃんの思い出などを通して命の大切さを語りかけた。

事件直後、「なぜ一緒にいてやらなかったのか」と京子さんは自分を責め、自殺という言葉が頭をよぎるほど追い詰められた。家族のことを思うとそれもできず、犯人への怒りや憎しみばかりをつのらせる辛い日々を送っていた。

転機が訪れたのは事件から半年後、友人からの一言がきっかけだった。

「彩花ちゃんをかわいそうな犠牲者として終わらせるのか、その人生を価値あるものにするのか、それは山下さんの生き方でしか証明できないのよ」――。

自分の足で一歩踏み出し始めた京子さんだが、大病をわずらうことになる。

「なんで自分だけがこんな苦しい目に遭うのだろう」と、なにもかもを諦めかけた京子さんを支えてくれたのも家族や友人たち。「まわりの人の力がないと立ち上がれなかった」と振り返り、京子さんは6年生たちに励ましの言葉を送った。
「これから辛いことも、挫折することもあるでしょう。でも、倒れたままだったら、差しのべられた手に気づきません。立ち上がる勇気を持ってください」

今年の3月16日は事件が起きた日と同じ日曜日だったので、「たくさんのことを思い出した」という。

今年も、かつての少年Aから手紙が弁護士を通して届いた。「人間になってきてる」と賢治さんはいう。「かつては誰かに書かされているのではと感じた が、今では自分の思いで書いていると思う」。京子さんも「背中を向けていた事件に、向き合おうとしているのかもしれません。苦しいでしょうが、贖罪の道も 自分で探してほしい」と語った。

事件から17年になるが、「私たちに区切りは一生ありません」と京子さん。「今でも泣くことはあります。でも、いろいろな人たちとの出会いがあり、『ありがとう』という言葉の積み重ねの17年でした」と振り返る。

夫妻は地域の子どもたちと関わっている。賢治さんは少年野球のコーチを続けており、京子さんも絵本を読み聞かせる朗読ボランティアを始めた。
「この子たちが目を輝かせて生きていける社会を残すのは、私たち大人の責務だと痛感しています」。
京子さんはそう話した。

【矢野 宏 新聞うずみ火】