福島県いわき市が主催する「スタディツアー」に参加し、市の沿岸部から「全町避難」が続く富岡町を訪ねた。除染作業が進むにつれて、ふくれあがる汚染土や 放射性廃棄物。それらの貯蔵施設の建設が、放射能に最も苦しんできた人々の土地に、押し付けられようとしている。(新聞うずみ火/矢野 宏)

汚染土の詰まった黒い袋「フレコンバッグ」を運ぶトラック(撮影筆者)

汚染土の詰まった黒い袋「フレコンバッグ」を運ぶトラック(撮影筆者)

 

◆ 「黒いピラミッド」

富岡町の無人の商店街をトラックが何台も走り過ぎる。この町でも住民を帰宅させるための除染が始まっている。トラックの荷台には、除染作業で出た汚染土や放射性廃棄物などを詰め込んだ黒い袋(フレコンバッグ)が積まれている。

フレコンバッグは1メートル四方で重さは1トンから1トン半。被災地の田んぼの傍ら、庭先に野積みされたフレコンバッグをよく目にする。「黒いピラミッド」とも呼ばれ、集約先が大きな課題だった。

フレコンバッグの耐用年数は3年から5年。しかも、水を含んだ汚染土や植物なども一緒に詰められているので腐敗ガスが発生して膨れ上がったり、草木が芽を出して袋を突き破ったりするケースもあるという。

こうした仮置き場は、福島県内に8万8000カ所ある。これからも除染が進むと、汚染土や廃棄物はどんどん増えていく。復興庁ではその量を最大で2200万立方メートル(東京ドーム18杯分)と予想している。

私が福島を訪れた日、地元の2紙が、除染で出た汚染土などを保管する「中間貯蔵施設」への搬入が始まったというニュースをトップで報じていた。

中間貯蔵施設は福島第1原発のある大熊町と双葉町に建設されることになっているが、地権者との交渉が難航しており、まだ数ヘクタールしか購入できていないという。

除染で出た汚染土を1カ所に集約することは復興の鍵となる。だが、受け入れざるを得なくなった大熊町の住民からは不安の声が上がっている。政府は 「30年以内に県外に最終処分場をつくる」と約束しているが、「なし崩し的に最終処分場にされるのではないか」と恐れているという。

◆ 沖縄と同じ構図

日帰りツアーを終え、JRいわき駅まで戻ったあと、「原発事故被害いわき市民訴訟原告団」副団長の矢吹道徳さん(67)に話を聞いた。

「30年といっても『その後』が決まっていない以上、最終処分場にされる可能性は高い。役人も代わるから責任を取りません」

原告団は2013年1月に結成され、3月11日に東電と国を相手取り、福島地裁いわき支部に提訴した。原告は2000人。避難中、または非常事態中 の精神的苦痛に対する慰謝料として1人25万円、廃炉完了まで18歳以下の子供と妊婦に月8万円などを求めているほか、健康管理などを盛り込んだ補償法の 制定を目指している。

矢吹さんは福島の現状について、「原発事故についても、福島で起きたことは福島の問題と言わんばかり。政府も国民も日本の問題と考えていないのではないですか」と切り出し、こう言った。「沖縄と同じ構図です」

私たちの無関心が、福島をも切り捨てようとしている。

(おわり)

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