トウモロコシの落穂を探す老女。(2008年10月黄海北道のとある農村 シム・ウィチョン撮影)
トウモロコシの落穂を探す老女。(2008年10月黄海北道のとある農村 シム・ウィチョン撮影)

<奪われるために働く農民たちの悲惨>記事一覧

石丸 洪水被害、軍糧米の過剰な徴収もあったでしょうが、北朝鮮の農業不振は一時的なものではなく構造的なものだと思うのですが。

キム その通りですよ。こんなことがありました。11年初頭に黄海南道の党責任書記にロ・ベグォン(注1)が送り込まれました。ロは元々金敬姫(金正日の実妹)の下で党軽工業部の副部長をしていました。金正日の信任もあり、有能さを買われたわけです。

ロは着任してすぐに、黄海南道の農業が話にならない、危機的な状況にあると知って、金正日に手紙で直接知らせた。金正日はずっと黄海道の農業不振を 大変問題視していたので、手紙を見て「わかった、俺がどうにかする」として、ロが要求する通りの物資、肥料やビニールなどを送ったんです。11年はおそら く、朝鮮の営農物資のうち七割が黄海南道に投入されたのではないかな。

ところが水害があってその年の収穫が悪かった。ロとしても非常に困ったわけです。このままでは自分の責任問題になる。ロは頭を使って「自然災害のた めだけでなく、農場員の思想が悪く怠惰なため収穫が減った。それは党幹部たちの思想状態が悪く、農場員を鼓舞できていないからだ。過去十数年のあいだ、国 家計画を一度も達成できていないのに、平壌の農業部門の幹部たちは座視してきただけだ。強く警鐘を鳴らす」、このように上部に報告したんです。

これを受けて金正日は「黄海南道は過去10数年間、嘘ばかりついていた。国家計画はひとつも達成できず、ただ飯食らいにすぎなかった」と述べて、「指導検閲小組」を黄海南道に派遣し調査を指示した。その調査は金正日の死去をはさんで、12年5月まで続きました。

 

市場に売るのだろうか、穀物が入っていると思われる大袋を運ぶ女性。(2008年9月黄海南道のとある農村 シム・ウィチョン撮影)
市場に売るのだろうか、穀物が入っていると思われる大袋を運ぶ女性。(2008年9月黄海南道のとある農村 シム・ウィチョン撮影)

 

石丸 なるほど、少なくとも、黄海道の農業生産がずっと以前から落ちていることは認識されていたわけですね。

キム まだ続きがあります。検閲のために平壌の中央党から派遣されてきた農業担当の副部長が、黄海南道庁の会議 室に幹部を集めました。私はその会議には出られなかったんですが、その席で副部長は自分より地位の高いロ・ペグウォンを非難して「道党責任書記同志、該当 部署との協議もせず、見境無く将軍様に直接手紙など書くなんてとんでもない。同志は重大な過ちを犯した」と、罵倒したんですよ。
つまり、この副部長は農業担当なので、生産不振の責任があるとみなされば自分の首が飛んでしまいます。巻き込まれるわけにはいかないから「農場員たちが働いていないのは黄海南道の幹部たちの責任だ」という(検閲の)報告を上げたわけです。

石丸 権力争いの様相を呈したわけだ。幹部の無責任体制も農業不振の構造だと言えますね。

キム そうです。中央党の該当部署にしてみれば、自分たちが無視されメンツをつぶされた形になります。その後、金正日が死んでしまい、後ろ盾を失ったロは、6月初めに解任されて平壌の人民経済大学の党書記に左遷されました。 (続く)
【注1】 韓国統一部の人物情報資料によると、ロ・ベグォン(盧培権と漢字表記すると思われる)氏は38年生まれで、10年6月に黄海南道の党トップの責 任書記に就いた。国会議員に当たる最高人民会議代議員も歴任、金正日の国家葬儀委員にもなった実力者であったが、13年7月に党責任書記を解任された。韓 国の聯合通信は、13年7月15日付けで「前任の責任秘書であるロ・ベグォンは5月末以降、姿を現していない。更迭は最近、黄海南道地域で餓死者が発生し たことと関連があるものと見られる」という韓国政府関係者の談話を紹介した。
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当記事は、『北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」第7号』に掲載されています。

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