今回の尋問でよく出てきたのが「政治的役割」だ。この言葉が出てくるたびに「言葉が曖昧すぎて分からないので具体的に答えてほしい」「特別職でなければできない政治的役割とは何ですか」という質問が原告側代理人からあった。

その質問に対して、「政権与党へのお願い、その日程調整であるとか、夜の会食などの随行のこと」と回答したが、それは一般職の秘書でもできるし、こ れまでの秘書もやってきたことではないかという疑問が、原告代理人から呈された。特別職にしかできない政治的役割とは何かという問いに対して、最後まで奥 下氏から明確な回答はなかった。

では、奥下氏は具体的に大阪市の業務として何をしたのか。この問いも数度、原告代理人から投げかけられたが、大阪近代美術館の整備計画に関するもの、大阪城・西の丸庭園で行ったモーターバイクのイベントなど数件について繰り返すに留まった。

休職期間があるとはいえ、橋下市長の4年間、特別秘書をしていてこれだけしか答えることができなければ、大阪市がなぜ、彼を特別秘書として雇用したのかという疑問はますます大きくなったと言わざるを得ない。

奥下氏は11月に行われた大阪府知事、市長選挙の時を含めて、橋下氏に関連する選挙の度に6回も休職・退職を繰り返している。このことに関して、「休職・退職中は、特別秘書しかできない業務はどうしていたのか」という質問がなされた。

それに対して奥下氏は、「その仕事はしていた」と答えた。次に、「休職の前後で誰かに引継ぎをしていたのか」という問いに対しては、「していない」 とした。退職した時でさえ、業務の引継ぎを行っていないと答えた。「引継ぎをしなくても誰も困らないのであれば特別秘書はいなくてもいいのではないか」と いう疑問が呈されたが、従来通り「特別秘書にしかできない仕事がある」とその必要性を訴えるに留まった。