北部山間にある白岩郡は平壌からの追放者=「疎開民」が集められている。(アジアプレス)

北部山間にある白岩郡は平壌からの追放者=「疎開民」が集められている。(アジアプレス)


◆追放されると孫代まで最下層の農民

追放が裁判に基づいて行われることはまれで、通常、保安機関から口頭で言い渡され、連れて行かれる。

追放措置といっても、どこかに拘禁されるわけではなく、通行証明証を取れば他所に旅行することもできる。しかし、北朝鮮で農村に配置されるというのは人生の転落、絶望を意味する。

もっとも貧しく、もっとも権力者に虐げられ、浮かび上がることが不可能な存在、それが農民だ。一度農村に配置されると、その子も孫も代々農民の身分は変えられず、都市への移住はよほどのことがない限り許されない。

北朝鮮における政治的な処罰は、もっとも厳重なのが「管理所」(政治犯収容所)送りだが、もっとも軽い処罰が、追放されて「疎開民」に貶められることだと考えていいだろう。

冒頭の白岩郡は北朝鮮における代表的な追放先だ。険峻な山あいの農業地帯で、郡内の楡坪(ユピョン)労働者区の一部地域は「平壌村」として知られている。平壌から追放されてきた「疎開民」たちが多いからだ。

筆者は一度ここを仕事で訪れたことがあるが、平壌言葉で話す人の多さにびっくりした。地元の住民が「人口の半分ぐらいは『疎開民』ではないか」と語ったことが印象に残っている。

平壌から来た「疎開民」は、追放先の僻地の住民にとっては「お高くとまっている」ように受け取られがちだ。その上、基本的に「お上に咎めを受けた者」「犯罪者の縁者」であるため、現地住民から疎外・差別されて暮らしている。

筆者の知人で2013年に脱北したある女性は、親類の罪に連座して平壌からある地方の山間僻地に、10歳にもならない息子と共に追放された。彼女は「疎開民」として暮らすことの苦労を、私にこう明かした。

「農場に配置されたのだけれど、追放当初は家もなかったので、電気もない農場施設の倉庫で暮らしました。朝、子どもたちを保育園に預け農場に出ますが、家を空けている間に、家財道具が一つまた一つと盗まれていく。
次のページ:『追放者』の子だと...