「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」(小林雅行会長)らが5月18日、厚生労働省に被害者に個別に訴訟の呼びかけを送るよう要請したのに対し、同省が「誤解や混乱を招く」などと拒否し続けるようす(井部正之撮影)

 

厚生労働省は10月2日、過去にアスベスト(石綿)関連工場などで働いて中皮腫などの健康被害を受けた元労働者やその遺族に対し、賠償手続きのため国を訴える訴訟を起こして欲しいと呼びかける文書を個別に郵送すると発表した。この「個別通知」について、メディア各社は「異例の対応」「異例の呼びかけ」と半ば厚労省を持ち上げるかのような報道ぶりだ。しかし、実態は大きく異なるうえ、重要な事実が抜け落ちている。(井部正之)

国の周知不足で請求権喪失か

アスベスト工場に勤めて中皮腫などを発症した元労働者に対する国の賠償をめぐり、すでに約150人が「除斥」により請求権を失っていることが明らかになった。

この賠償とは2014年10月、大阪・泉南アスベスト国家賠償訴訟の最高裁判決で確定したもの。その結果、国は同様の元労働者が国家賠償訴訟を起こし、「一定の要件」を満たせば、国が和解に応じ、最大1300万円が支払われる。

「一定の要件」とは1958年5月26日~1971年4月28日までの間に工場で働いてアスベストを吸い、中皮腫などの健康被害を受けたことなどが挙げられる。工場に直接働いていた場合以外でも、たとえばアスベスト工場に出入りする運送業者などに勤めて中皮腫などを発症した元労働者も対象になり得ることに注意が必要だ。

厚労省による今回の発表で、そうした要件を満たす可能性があるにもかかわらず、国に対し国賠訴訟を起こしていない元労働者が計2314人に上ることが初めて明らかになった。これまで訴訟手続きがされたのは被害者の1割にも満たないとみられる。

それらの元労働者に対しては国が郵送により個別で国に対する訴訟手続きをとるよう呼びかける方針だ。

ところが、今回の調査では、すでに請求権を失った元労働者が存在することも判明した。同省はその結果を発表していないが、筆者の取材に対し、総務課石綿対策室の橋口忠室長補佐は「約150人おります」と明かした。

これは除斥期間といって、不法行為(この場合中皮腫などの発症や死亡)から20年経過すると損害賠償請求できなくなるという制限によるもの。

では、泉南最高裁判決以後に請求権が失われた元労働者は何人いるのか。同省は当初「そこまで公表してない」などと渋っていたが、しつこく聞いた結果、橋口補佐は「54人います」と後に回答した。

今回「異例の対応」とさんざん報じられた厚労省による個別の呼びかけだが、なにも同省が積極的に取り組んでいたわけではない。

もともと最高裁判決後、泉南の原告らが被害者の徹底的な掘り起こしを要請していた。2014年12月には厚労省の塩崎恭久大臣が泉南の被害者らを訪問して謝罪。その際、国側は同様の被害者たちに対し、賠償手続きするよう「周知徹底に努める」ことを含む和解条項に合意している。
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