◆「もう終わったよ」

いよいよ海岸線に追い詰められた。手りゅう弾の安全弁をぬき、たたきつけた瞬間、我先に重なり合った。

「みな一番下になって木っ端みじんに死にたいんです。一人だけ生き残ったら大変ですから」

しかし2発あったどちらも不発。途方に暮れたその時、岩陰から銃を持った34人の米兵があらわれた。12歳くらいの沖縄の少年を伴って。

「姉さん、もう戦争は終わったよ」

「あんたはスパイだ。同じ日本人がどうしてそんなウソを」

いきりたつ学徒に銃をつきつけながら、米兵が追い立てた。新川さんは下級生と手をつなぎ「太平洋の真ん中に行ったら、甲板から飛び込んで死のうね」とささやきあったという。 

当時、沖縄には中等学校と女学校22校があり全校から生徒が動員された。師範在学中に鉄血勤皇隊に動員された元沖縄県知事の大田昌秀さんは生前、「沖縄の10代の男女生徒たちは、その法的根拠もないまま超法規的に戦場に駆り出された」と語っていた。

男子はわかっているだけで1787人が動員され921人が戦死。女子は735人が動員され296人が亡くなった。学徒の犠牲は戦場に放り出された解散後に集中している。ひめゆりの場合も生徒222人が動員され123人が犠牲になった。100人以上が解散後数日に集中している。(終わり)