広島の原爆死没者慰霊碑に刻まれた碑文『安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから』

◆国家優先の時代へ

 軍人のみならず、敵対国の多くの民間人、そして日本の多くの民間人に数百万の犠牲者を出してしまったのが戦争であった。広島の原爆死没者慰霊碑に刻まれた「過ちは繰返しませぬから」という碑文が、戦後を生きる人々の決意を端的に表している。814日付の毎日新聞夕刊の記事で、俳優の鈴木瑞穂は「憲法は戦争で死んだ人たちの遺言に思えた」と述べているが、まさにその通りであろう。それを守り抜くことが、多大な犠牲の上に成り立った今の平和を謳歌している私たちの責任ではないだろうか。

 戦争の悲惨さと同時に、私たちは戦争に突入した経緯、そして戦争で何が優先されたのかを知り、記憶していくことも忘れてはならない。自由な言論が封じられ、「鬼畜米英」という言葉に象徴される差別思想が横行する中で、日本は戦争に邁進していった。

 ひとたび戦争が始まれば、人命よりも国家が優先された。空襲があっても逃げることより消火が優先された事実一つとってみても、国家のために人々が犠牲になるのが当たり前だったのである。その反省に立って、「基本的人権の尊重」「国民主権」「平和主義」が日本国憲法の三本の柱となっていることを、私たちは今一度、心に刻まねばなるまい。

 翻って、今の日本の現状はどうであろうか。一部を除いて、大手メディアの政権批判は影を潜め、政治家による差別的な発言があっても厳しい追及もされず、「日本国民は」で始まる日本国憲法前文に対し、「日本国は」で始まる自民党改憲草案(2012年決定)前文の怖さが周知されない……。この状況を、戦争で死んだ人々はどのような思いで見ているだろうか。「過ちは繰返しませぬから」という誓いが、守られていると感じられるのだろうか。

近年、日本を襲う数々の巨大自然災害が、私にはゴジラが姿を変えた「残留思念の集合体」のように思えてならない。(伊藤宏/新聞うずみ火編集委員・和歌山信愛女子短期大学教授)