B29による空襲犠牲者調査票。犠牲者名簿すらない都市も多い(「青森空襲を記録する会」会長の今村修さん作成)

◆空襲犠牲者名簿、平和への礎として

「青森空襲を記録する会」会長の今村修さんは犠牲者名簿を探し続けてきたが進展しないため、全国ではどのような状況になっているのか、B29による空襲を受けた85の都市へ調査票を送った結果について報告した。

調査票の質問は、「犠牲者数を把握しているか」「犠牲者名簿はあるか」「名簿を保管しているのはどこか」「慰霊祭を行っているか」など九項目で、53の都市から返答が届いたという。

「空襲犠牲者の名前を100パーセント把握していたのは平塚市(神奈川県)、福山市(広島県)、佐世保市(長崎県)の3市のみで、逆に名簿がないという回答が27市あり、驚きました。ただ、高知市のように自治体自らが『高知空襲犠牲者名簿作成事業』を開始し、3年間で95パーセントもの名簿を確認したケースもあり、それぞれの都市が全力で取り組めば、戦後73年たった今でも前進することを証明しています」

なぜ、国や自治体は空襲犠牲者を調査しないのか。
今村さんは「調査を義務付ける法律がないから」と言い、「国が空襲犠牲者への賠償責任は負わない、戦争被害は国民が等しく受け入れなさいという『戦争損害受忍論』の考え方があるからではないか」と指摘した。

「再び戦争を繰り返さず、平和な社会を実現するため、犠牲になった一人ひとりの名簿は戦争の愚かさと平和への礎になる。あらためて全国で空襲犠牲者名簿の作成に取り組むよう、国や自治体に働きかけることが必要です」

最終日は、松山と今治に分かれて戦災・戦争遺跡を訪ねるフィールドワークが行われた。松山市で太平洋戦争中に使われていた軍用機の格納庫「掩体壕」や旧制松山高等学校の講堂などを見学し、73年前の惨劇に思いをはせた。