(参考写真)中学生くらいのホームレスの少女が市場の中で練炭の暖を取っている。2012年11月両江道恵山市にて撮影(アジアプレス)

◆封鎖は金正恩氏の直接指示

中国との国境に位置する両江道の恵山(ヘサン)市のロックダウン(都市封鎖)が2月15日に解除された。18日間に及んだ封鎖中、市場は閉鎖され住民は一切の外出が禁じられた。食料、医薬品を入手できず死者が発生する悲惨な状況にあったことが分かった。恵山市の住民2人に緊急インタビューした。(カン・ジウォン/石丸次郎)

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恵山市が封鎖されたのは1月29日だが、新型コロナウイルス感染発生のためではなかった。当局は封鎖の理由を、中国との密輸や脱北を図る者がなくならないためだと、住民に通告していた。金正恩氏が「恵山は不法行為が多い」と批判し、封鎖も直接指示されたと説明したという。恵山市は昨年11月にも金大量密輸事件が発覚して20日間封鎖されていた。

北朝鮮地図(制作アジアプレス)

◆近隣だけで4人死にました

まず話を聞いたA氏は、恵山市中心のアパートに家族で暮らす。

――あなたの周囲に封鎖期間中に亡くなった人はいましたか?

A 近隣で死亡した人が少なくとも4人いました。2人は高齢者で、いずれも結核で死にました。栄養失調のところに薬がなかったからです。あとの2人は若い男性と女性。持病があった上、封鎖で食料が足りなくなって死亡したそうです。私自身、このまま食べ物が尽きたら死ぬかもしれないと怖かった。

――封鎖中の葬儀はどうしたのですか?

A 人が死んだ場合は、人民班長と担当安全員(警察官)、保衛員(秘密警察官)に通知して外出許可をもらって家族だけが火葬場に行く決まりでした。でも、賄賂を要求されたと(遺族は)不満を述べていました。

――病気になった人はどうしていましたか?

A 持病の悪化や緊急に治療が必要な場合は医者が往診しましたが、病院にも薬がないので、患者自身が点滴を準備するくらいのことしかできない。封鎖期間中も、病院は部署ごとに1、2人ずつ勤務者を置いて開けていましたが、対応したのは応急処置だけでした。