露天の市場で中国産のコメを売る女性たち。袋には「秋田小町」の商標が。このような光景は見られなくなるだろう。2013年10月北部国境都市で撮影アジアプレス。

◆市場は虎より恐ろしい

25年前の1997年、私は北朝鮮と国境を接する中国吉林省の延辺朝鮮族自治州に通い詰めていた。豆満江を越えて流入する夥しい数の北朝鮮の飢民を取材するためだった。皆一様に痩せこけており、「食糧配給制が崩壊して膨大な住民が飢えて死んでいる」と口々に言った。

いったい北朝鮮国内で何が起きているというのか。私は豆満江沿いの朝鮮族農村に寝泊まりしながら、越境してきた人たちに手当たり次第に会った。清津(チョンジン)市から来た労働党員だという老人が言った。

「市場というのは、虎よりも恐ろしいもんだ」

配給がなくなって各地に闇市場が生まれ、禁制品であった米やトウモロコシなどの食糧をはじめ、衣料品や医薬品、家畜まで何でも売買されるようになった。国は市場を統制できなくなり既存の統治システムが崩れ始めている……老人はニヤリとして、そう説明した。

◆国営の「糧穀販売所」を復活させた金政権

2003年、金正日政権はついに配給制の復活をあきらめ闇市場を合法化した。市場はどんどん増殖を続け、衛星写真の研究などから、現在その数は全国で400~500に達するとみられている。

人々は市場活動を通じて現金を稼ぎ、自力で食べていけるようになった。配給があった時代より生活の質は目に見えて向上し、3食白米を食べる都市の家庭は珍しくなくなったのである。

ところが今、金正恩政権は食糧流通の在り方を大きく変えようとしている。アジアプレスがその端緒を掴んだのは2019年だ。政府は開店休業状態だった国営の「糧穀販売所」(食糧販売所)の稼働を始め、食糧を市場より少し安い価格で売るようになったのだ。だが質は良くなく在庫も足りず、市場を圧倒するには至らなかった。
※金正恩政権は2014年にも「糧穀販売所」での販売強化を企図して失敗している。

(参考写真)開店休業状態の国営「糧穀販売所」。コメ袋は見えない。2012年11月に両江道恵山市でアジアプレス撮影。

◆コロナを利用して市場抑制

2020年1月に新型コロナウイルスのパンデミックが始まると状況は大きく変わった。国境封鎖で中国との貿易が激減し、住民の地域間移動や商行為が強く規制されたため、都市住民は現金収入を激減させた。

北朝鮮に住む取材パートナーたちの報告を総合すると、2021年から「糧穀販売所」では「在庫がある時に売る」方式から、月1回、1人当たり5キロ程度を世帯単位で販売する方式に変えた。金のない庶民は歓迎した。

また出勤している労働者に対しては、1カ月に数キロ程度だが、別途に廉価で販売するようになった。ただし無断欠勤が重なったり、職場を離脱したりした者は除外された。かつての配給制の復活のように認識している人々もいたが、数カ月間1グラムの支給がない期間があったり職場によって差があったりと、不安定な状態が続いていた。

◆12月は市場の3分の2の価格で販売

12月中旬、平安北道(ピョンアンプクド)、両江道(リャンガンド)、咸鏡北道(ハムギョンプクド)で調査したところ、市場の食糧価格は概ね白米6000ウォン、トウモロコシ3000ウォンだったが、「糧穀販売所」では白米4200ウォン、トウモロコシ2200ウォンで均一だった(いずれも1キロの価格。100円は約6400ウォン)。

咸鏡北道の協力者が12月20日に伝えてきたところでは、12月分として世帯ごとに10日分を「糧穀販売所」で販売し、職場で労働者本人分としてトウモロコシで3~5日分が支給された。

「不足分は自給自足せよということだが、多くの人はお金がなく大変厳しい。役人は1月から全量を国が供給すると言っているが、信じる人は1人もいない」と協力者は言う。

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