(参考写真)両江道のある病院の病室。患者が一人横になっている。2015年4月に撮影アジアプレス

金正恩鮮政権が8月から、医療体制の麻痺に伴って盛行していた個人による医療行為に対しする強力な取り締まりに乗り出していることが分かった。今年1月に金正恩氏が直々に不法医療行為の取り締まりを指示しており、それが実行に移されている。政権の狙いは何なのだろうか?(カン・ジウォン)

◆自慢の「無償医療制」は90年代に破綻

社会主義を標榜する北朝鮮にとって、長年の看板政策のひとつは「無償治療制」であった。けがや病気に対する診察、治療、手術、入院、医薬品処方までのすべてが無料だと宣伝してきた。

しかし、90年代に医薬品と装備の不足、医師ら医療関係者に対する配給麻痺などで、「無償治療制」は破綻した。賄賂を差し出さないと治療も手術も受けられない。薬は自腹で市場か闇で購入するのが当たり前になった。

国が医療機関に送る医薬品や、国連機関や援助団体からの支援の医薬品の横流しが横行した。病院に行っても診察だけは無料だが、薬品は患者が自分で調達するのが2000年代から当たり前になっていた。

◆コロナで医療崩壊露わに

2020年1月に新型コロナパンデミックが始まり、国境が封鎖されて中国との貿易がほぼストップすると、北朝鮮の医療は崩壊状態になった。中国製の医薬品輸入が枯渇し、この年の後半には、簡単な治療や手術を受けられずに老人や乳幼児に多くの死者を出すことになった。

そこで盛行したのが、灸や鍼、吸玉、指圧、薬草などによる民間療法だった。にわか勉強しただけの素人まで金目当てに参入した。医療事故も時折起こっていたという。急速な民間療法の広がりに対し、当局は2022年末頃から取り締まりに乗り出した。

2022年末にアジアプレスが入手した<絶対秘密秘>指定の内部文書。「非法医療行為」蔓延の原因は過剰なコロナ防疫によって中国製医薬品の輸入が激減したからなのだが。

目を引いたのは、2023年1月に金正恩氏が「非法医療行為に対する取り締まりと統制の強化」を直々に指示したことだった。アジアプレスが入手した<絶対秘密>指定の内部文書には次のように記されていた。

「党及び勤労団体組織において、住民、従業員の中で金儲け目的で非法医療行為をする現象をなくすための教養と統制を強化します。社会安全機関(警察)をはじめ法機関においては、非法医療行為に対する取り締まりと統制を強化し、非法医療行為をして人命被害など各種事故を発生させた者たちについては公開闘争を展開して法的に厳しく処罰し、住民と従業員を覚醒させます」

それにしても、様々な秩序違反行為の一つに過ぎない民間療法に、なぜ最高指導者が直々に統制を命じたのだろうか?

◆「密告投票」で医師・看護師も続々摘発

北部地域に住む取材協力者が8月中旬から始まった大々的な取り締まりについて次のように知らせてきた。

「個人の医療活動を全群衆的な申告体系を通じて根絶するよう人民班に指示があり、8月4日には不法医療行為をしている者について無記名で申告する『投票』が行われた。

特に堕胎手術に対しては厳重な法的処罰まで科すと通告した。また鍼、吸玉、薬製造、指圧、点滴、点滴、輸血を含む注射行為については、自発的に自首させ、所持してている医療器具を差し出すよう要求した。

今回の申告『投票』を通じて、病院に勤務する現職の医師、看護師たちの実名がたくさん露出した。漢方治療をする人の名前もだ。申告された人たちは安全局(警察)が調査し、家宅捜索も行うことになった」

このような強硬措置に対し、住民たちからは一様に不満の声が出ているという。病院に行っても治療が受けられず、お金が足りなくて民間療法で治療を受けていからだ。一方、治療を施す人たちは、取り締まりを避けるために自宅で施術するのをやめ、患者の家を訪ねて往診する方法に切り替えて続けているという。

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