(参考写真)収穫した穀物を背負って運ぶ農村の女性。2008年10月、平壌市郊外にて撮影チャン・ジョンギル(アジアプレス)

◆国家食糧供給網の拡充

食糧供給所(いわゆる配給所)と糧穀販売所(国営の専売店)は、現在の北朝鮮当局による新たな政策において、最も重要な食糧供給網である。

2021年に改正された北朝鮮の「糧政法」第45条は、次のように明示している。

中央農業機関および地方農業指導機関は、食糧供給対象人員の分布状況や地域的特性に応じて食糧供給所、糧穀販売所を配置しなければならない。

通称「配給所」と呼ばれていた食糧供給所は、かつて北朝鮮の配給制度が正常に運営されていた時期、住民にほぼ無償に近い価格で食糧を支給していた。しかし現在では、その供給対象と数量は、限定されたものにすぎないことが分かっている。

上記の法文で糧穀販売所に関する言及は、2015年当時の法律には存在しておらず、金正恩政権が新たな農政改編を準備する中で追加されたものと見られる。

糧穀販売所は、過去の金正日時代に、市場における食糧取引が急速に拡大したことによって弱体化した食糧流通に対する国家の掌握力を回復する目的で導入されたが、実際には失敗に終わった。

糧穀販売所は、アジアプレスの過去の調査によると、2019年ごろにあらたに試験的に再導入された。そして当局の農政改編が進められていた2021年から2022年の間に、市場での食糧販売を厳しく取り締まりすることと並行して、本格的に全国で稼働を開始した。

これは現在に至るまで、国家食糧専売制の中核として機能している。

◆「営農物資交流所」はまるで市場のよう

国家主導の糧穀流通網は、営農物資交流所の稼働を通じて、ようやく形を整えたものと見ることができる。食糧供給所と糧穀販売所が主に国家による供給のための流通体系なら、営農物資交流所は「個人や農場と企業所間」での交換のための制度であると言える。

営農物資交流所の機能と役割については、法律によって知ることができる部分は限られていたが、取材協力者たちの農場の現地報告を通じて、その実態をある程度把握することができた。協力者たちによると、これは農業関連の物資取引において、過去の市場の役割を代替させるのが目的のようである。

いったい、営農物資交流所いでは何ができるのか? この問いに、咸鏡北道の取材協力者B氏は次のように述べた。

セメント工場、服工場、タバコ工場など、生産品があると組織は全て参加できます。ほとんど市場のようになっているので、手グワやシャベルのような農具も買えるし、農村建設に関連したセメントもそこで買えます。特別にオーダーメイドが必要な場合でも、農場や個人が要請することができます

営農物資交流所を「物資交流市場」と表現したB氏は、企業だけでなく個人もここを重宝してうまく利用していると付け加えた。北朝鮮の新しい食糧流通政策は、市場と計画の絶妙な妥協点を見つけようとする試みであるように思われる。

農場と個人に対し、制限的ではあるが自律性を与えながらも、国家主導の流通体系を強化する・・・食糧を増産しつつ流通は掌握する…この二兎を捕まえようとする試みは、果たして成功できるだろうか?

こうした政策の導入過程で、現地では混乱も起こっているようだ。また、一方では農民の間では、新政策に期待も高まっているという。次回は農場現地からの報告を中心に見ていく。(続く 9 >>

※アジアプレスでは、中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。

北朝鮮地図 製作アジアプレス

 

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