◆導入された政策の撤回事例も

政策が導入される過程で現実的な限界に直面し、撤回される状況も出ている。

2024年9月、A氏がこれについて伝えてきた。

「貿易会社や工場、企業所が営農資材を提供し、その代わりに食糧を受け取り、農場はその分を国家計画に参入していたのですが、今年はそれが遮断されたそうです」

前回の記事で見たように、金正恩政権はこの数年、「契約収買」という新たな糧穀流通方式を公式に導入した。改正された法律にも明記されていた。これは、貿易会社や企業所が収買契約によって農場に肥料、農機具、農薬な営農資材を提供し、その代価として収穫物の一部を直接受け取るという方式だった。しかし、北朝鮮当局は、この「契約収買」方式を推進しておきながら中止させたのである。

A氏はその理由について次のように説明した。

「今年(2024年)は水害も多く、農場の生産量も落ちたため、国家に納めるべき食糧が大きく不足しており、まずは国家の分を確保し、その残りで企業との取引を進めよという方針だそうです」

多くのメディアが報じたように、2024年には平安北道と慈江道一帯で深刻な水害による農作物の被害があった。食糧生産が減少した状況で、当局は軍隊や平壌の住民、警察などの公安機関、公務員、主要産業の労働者など、「優先配給対象」に支給する「国家分」をまず確保しようと、契約収買方式を遮断したようだ。これが一時的な措置であるかどうかは確かではない。

なんとか食糧を増産したいという方針と、体制維持のための統制強化の間で、北朝鮮当局の新しい農業政策の導入は現場で揺れ動いている。結局、この混乱の負担は農民の肩にのしかかるだろう。

シリーズの最後となる次回記事では、新しい政策が農民の生活に与えた影響と、農民たちの考えについて報告する。(続く 10 >>

※アジアプレスでは、中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。

 

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