
今年の北朝鮮の農村動員に関して、新たな情報が入ってきた。咸鏡北道(ハムギョンブクト)のある農場では、援農作業に軍部隊が動員されているという。今年は住民たちを農村に長期間滞在させる伝統的な「総動員方式」から、農場が必要とする労力を、農場が人件費や食費を負担して受け入れる方式に変わっていた。負担増によって取り分が減る農場で、「有償動員」の受け入れを最低限にしようという動きが広がり、「タダ」で使える兵士たちは歓迎されているという。農場員である取材協力者A氏が6月中旬、伝えてきた。(洪麻里/カン・ジウォン)
◆軍隊が農村に常駐して援農作業
協力者A氏によると、この農場では5月から2個小隊(60人)、もしくは1個中隊(120人)規模の軍部隊が交代で農村に常駐し、援農作業をしているという。
「今年の農村支援は、軍人が主力になれと軍内部で指示があり、部隊から兵士がたくさん送られてきた。私たちの農場でも、だいたい50人の兵士が常駐し、多い時は1個中隊が出てくる時もあった。企業から日帰りで送られて来る無償の動員者も少数いる」
北朝鮮では、毎春の田植えや草取りの時期になると、全国民を総動員して農村支援にあたらせるのが伝統的な手法だった。それが今年は、農場が主体的に必要な動員人数を算定して当局に要求し、代わりに動員人員の食事や日当を農場が支給する方式に変わった。
ただ、A氏の発言によると、全ての場合に新方式が適用されるわけではなく、草刈りなど一部の単純作業には従来通りの無償労働が維持されているようだ。
◆ロシア産小麦粉あるが…食べ物を乞いに来る兵士たち

数年前から、金正恩政権は農場を「企業体」と規定し、営農方法や生産物の流通において農場の裁量拡大を認めたが、農場が負うべき負担も増大した。これは以前の記事で伝えた通りだ。そのため農場では、動員者受け入れによる負担回避のため、春から初夏にかけての農繁期の仕事を自前で解決しようとする動きも出ていた。
とはいえ、エネルギーや農機が不足する北朝鮮では、農作業は人力に頼らざるをえないのが実情だ。食糧増産は金正恩政権にとって最優先課題のひとつである。兵士が部隊単位で農場に派遣されているのは、窮余の策だと見ることができよう。
A氏が所属する農場では、動員されて来た兵士たちは軍から支給された食糧を食べているため、農場に負担はないという。しかし、その兵士たちが空腹に苦しんでいるというのだ。A氏は次のように説明する。
「農場の分組ごとに軍の分隊を配置しているが、(部隊から)通って来る兵士たちには、毎日草取りをさせている。(支援に動員された兵士たちが)持ちこんだ食糧を見ると、ロシア産の小麦粉を食べているが、(量が十分でなく)お腹が空いて、水を求めるふりをして、農村の家々に食べ物をねだりにくる。息子が心配な兵士の親たちは、おこげなどをこっそり渡している」
※北朝鮮の農場は数~数十の作業班で構成され、その下に生産の末端単位である分組が組織される。分組には通常10人前後の農場員が所属する。
村では、空腹に苦しむ兵士が常駐することで強盗やたかり行為などの問題が起きないか心配し、安全局(警察)傘下の風紀取締り組織「糾察隊」が巡回しているという。
「軍民関係で問題を起こしたら、(階級を)降格させ、部隊復帰させると言っている。今のところ大きな問題は起こっていない。だが、服や自転車の盗難事案が多くて、(兵士による行為ではないかと)『規察隊』が見回りをしている」
金正恩政権下では、農場を「企業体」と規定し、営農から生産物の流通に至るまで自律権を与える農政改編が進行中だ。その一環として、「タダ働き」させられる軍兵士を活用しているわけだが、そんな農政改編が、果たしてうまくいくのだろうか。
※アジアプレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。
