神奈川県小田原市にある旧小田原箱根商工会議所(同市城内)の解体工事で8月4日、もっとも危険性の高い吹き付けアスベスト(石綿)が隣接する私立高校との敷地境界で高濃度に漏えいする事故が起きた。建物の敷地境界4カ所すべてで石綿が検出される異常な事故はなぜ起きたのか。(井部正之)

高濃度のアスベスト飛散事故が起きた旧小田原箱根商工会議所。石綿調査や除去の掲示はあったが、外部に石綿が漏えいする事故が起きたことを知らせるものはなかった(8月9日撮影)

◆難易度高い“やっかい”な現場

石綿が漏えいする事故が起きたのは小田原駅東口から徒歩5分ほどの旧小田原箱根商工会議所。1971年竣工の鉄筋コンクリート造地上5階地下1階で、延べ床面積2842.28平方メートル。同商工会議所が移転し、解体することになった。

発表によれば、建物には吹き付け石綿を519.6平方メートルにわたって施工され、その除去を静勝(静岡県御殿場市)に委託して8月2日から開始。県環境科学センターが同4日に敷地境界4カ所で測定したところ、6日までに最大で空気1リットルあたり14本の石綿を検出。しかも建物の敷地境界4カ所すべてで石綿の飛散が確認された(同0.73~14本)。

発表資料には記載がないが、吹き付け石綿に使用されていたのはもっとも発がん性の高い“最恐”のクロシドライト(青石綿)で、含有率はじつに50~100%。最高値を記録した同14本の石綿漏えいは、環境省調査で住宅地域(2023年度)における「総繊維数濃度」平均値の73.7倍に上る。総繊維数濃度同士で比較すると、住宅地域の全国平均の最大194.7倍に達した。

高濃度飛散したのは道路(弁財天通り)に面した建物北側。建物は小田原城址公園に隣接し、観光客がひっきりなしに通る。隣の私立高校との敷地境界でもあり、建物西側で同じく高校に隣接する敷地境界でも住宅地の52.1倍(同9.9本)の石綿漏えい。総繊維数濃度の比較では105.3倍(同20本)。高校との敷地境界は2カ所とも高濃度飛散だったことになる。除去作業は2日から開始されており、石綿飛散は少なくとも2日間続いた可能性がある。

一般環境の保護を目的とした大気汚染防止法(大防法)でこの地域の指導権限を持つ県の県西地域県政総合センターは5日の発表で、「直ちに作業中止を指示(現在作業停止中)するとともに、施工業者に対して原因究明を指示しました」(環境保全課)と説明。 発表資料に記載はないが、県によれば、吹き付け石綿が施工されていたのは、建物の重さを支えない外壁の「カーテンウォール」裏(屋内)側である。この外壁はカーテンのようにぶら下げる構造で、屋内側とのすき間を吹き付け石綿で埋めている。

カーテンウォール裏の吹き付け石綿除去は難易度が高い工事の1つとして知られる。しかも今回はもっとも発がん性が高く、非常に飛散しやすい青石綿を高濃度に含むため、さらに難易度が上がる。 今回のようにカーテンウォール裏の吹き付け石綿のうえ、飛散しやすい青石綿やアモサイト(茶石綿)を高濃度に含む現場については腕の良い除去業者ほど、「管理が大変なので気が重い。正直やりたくない」などと話すことが珍しくない。やっかいな現場であることを熟知しているからだ。

◆外部養生「一部破損し飛散」と業者

吹き付け石綿などの除去では、作業場をプラスチックシートで隔離養生。石綿を除去し清浄な空気だけを排気する「負圧除じん装置」で場内を減圧することで外部への飛散を防ぐことが法令で義務づけられている。ところが今回のようなカーテンウォールの場合、吹き付け石綿ですき間を埋めている構造上、屋内から除去すると、石綿が外部に漏えいしてしまう。上下階への飛散もあり得る。そのため屋外側や上下階も隔離養生などが必要で、隔離の手間や管理もそれだけ増える。おまけに屋外側は風雨の影響を受けやすい。このように何重にも難易度が高まる要因があるという。 では石綿を大量漏えいさせる事故はなぜ起きたのか。

隣の解体工事がじつは原因だったという事例もあるが、今回の場合ほかに該当しそうな現場は見当たらない。 敷地境界における石綿検出が確定した6日、県に尋ねたところ、測定や聞き取りの結果などから、「断定まではできないが、おそらく(除去現場からの)漏えいでしょう」(同センター環境保全課)と近隣の工事など外部要因ではないとの見解を示す。

元請けの瀬戸建設も6日、同社ウェブサイトで「石綿の漏洩が発覚しました」と認めて謝罪するとともに「漏洩の詳細については現在調査中」と発表。その後施工の不備を追加発表している。旧商工会議所の石綿除去工事が飛散源とみて間違いないだろう。 続いて事故の原因を見ていく。

吹き付け石綿などの除去作業では、作業場内を負圧にしつつ、石綿を高性能フィルターで除去し、清浄な空気だけを排出する「負圧除じん装置」が飛散防止の“キモ”であり、開始前などの点検が10年以上前から義務づけられている。ほぼリアルタイムで粉じん濃度を計測できる「デジタル粉じん計」などを排気口に突っ込んで調べるのだが、測定値がゼロcpm(1分当たりのカウント値)ならよいが、多少なりとも数値が出ている場合は漏えいの可能性が高い(厳密には0cpmでも漏えいしている場合があると専門家は指摘)。

じつは今回のような「隔離養生+負圧除じん」が必要な石綿飛散の多い除去作業における外部への飛散事故で、もっとも多いのが負圧除じん装置からの漏えいである。装置の外装が歪んでいたり、フィルターが適切に設置されていなかったり、さまざまな理由があり得る。

次いで多いのは、作業員が除去現場に出入りする際に使うエアシャワーや更衣室を配置した「セキュリティゾーン」出入口から外部に漏えいする場合である。これは負圧除じん装置の出力が足りず、現場が十分負圧になっていなかったり、作業者が適切にエアシャワーをきちんと使用せず、服や身体に石綿を付着させたまま外に出てしまったりといったことがよくある事例である。 養生が不適正だったり、破れていたりといった不具合は3番目に多いとされる。

6日、事業者による作業管理の状況を県に確認したところ、当初計3台の設置としていた負圧除じん装置について、労働基準監督署の指示で1台増やし、1階を除く各階1台ずつ計4台設置。それらすべてなのかは不明だが、県は事業者によるデジタル粉じん計による事前点検で「数値が出ていた」(同)と明かす。

今回は建物周囲の敷地境界4カ所すべてで石綿飛散が確認されていることから、漏えい原因が1つではない可能性も県は考慮しており、「ほかのところからも漏れているといけないので、全部確認するよう指示しています」(同)と負圧除じん装置や養生の破れなど可能性のある箇所すべてを再確認するよう指導したと説明する。

8日に瀬戸建設は石綿漏えいの原因について、「隔離養生の一部が外部に直接面しており、強風の影響を受け養生が一部破損し、その隙間から飛散したとみられます」と再び同社ウェブサイトで公表。改めて養生シートに破損がないか確認するとともに、石綿飛散防止の自主検査、監視員の配置で退部からも養生確認を継続するなどの対策を講じる方針を明かした。

同社発表では負圧除じん装置からの漏えいについて記載がない。12日に同社に確認したところ、「2日と4日の作業は5階のカーテンウォールの吹き付け石綿の除去作業でした」(管理部)と説明。石綿漏えいの原因に負圧除じん装置の管理ミス・不具合があるのではないかと聞いたが、「詳細はいえない。わからない」(同)と回答した。担当者不在のため、休暇明けに連絡してほしいという。

12日夕方、県に確認したところ、報告を受けている養生の破損は、2階屋外側の養生で、北から南西の外壁中央付近に位置しており、写真では1メートル以上もありそうな破れ具合という。 大きな破損ではあるが、この1カ所で建物周囲の敷地境界4カ所すべてで石綿漏えいするとは正直考えにくい。 元請け業者は同日に負圧除じん装置の点検を改めて実施し、デジタル粉じん計で漏えいはなかったと県に報告している。ただし点検は装置のフィルター設置状況などを確認・改善した後に実施したもので、この間の作業時に漏えいがなかったことを裏付けるわけではないというのが県側の見解だ。

県によれば、県環境科学センターが4日、負圧除じん装置の排気口付近でも測定し、走査電子顕微鏡(SEM)による分析により空気1リットルあたり190本の石綿を検出していた(石綿繊維数濃度)。総繊維数濃度では同350本。 よって、負圧除じん装置の不具合と屋外用状1カ所の破損で少なくとも2つの石綿漏えいの原因があったのは間違いないだろう。それ以外は現状でははっきりしない。

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