国境監視中に何かを食べている北朝鮮の兵士。2025年9月、両江道恵山市を中国側から撮影(アジアプレス)

学校で始まった英雄主義教育は、軍隊で完成される。10年間の兵営生活の中で、北朝鮮の若者たちは外部と徹底的に遮断されたまま、毎日3〜4時間の政治学習を受け、「英雄になること」を内面化していく。ウクライナの戦場で捕虜になる代わりに自爆を選んだ北朝鮮兵士たちの背景には、まさにこのような軍内部の体系的な洗脳システムがある。アジアプレスは脱北者A氏とのインタビューを通じて、北朝鮮の兵営内における英雄主義教育の実態を探った。A氏は2000年代初中盤、北朝鮮軍の精鋭部隊「暴風軍団」で勤務していた。(チョン・ソンジュン/カン・ジウォン

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◆兵営は巨大な「英雄工場」

Q.軍服務当時、兵営内部の雰囲気は?
兵営の中にはスローガンが至る所に掲げられている。「最高司令官同志を決死擁護する爆弾になろう!」、「偉大な金正日同志を首班とする党中央委員会を命をかけて死守しよう!」といったものだ。このようなスローガンを毎日目にして生活していると、自然と頭の中に刻み込まれる。

Q.英雄主義教育とは、どのように行われるのか?
3〜4時間の政治学習が毎日行われる。主な内容は「偉大性教育」。つまり、首領の命令を徹底的に貫徹した事例や、抗日武装闘争や朝鮮戦争の時の英雄たちの話を中心に教える。平時の英雄の話や、命令を貫徹するために犠牲になった人の話もして教育するのだが、模範になるようなストーリーを作って、それを一般化していくのだ。

Q.そういう教育が実際に兵士たちに影響を与えるのか?
軍隊のように閉ざされた社会で、しかも10年間、ほとんど休暇もなく兵営生活だけをして、そういう話を繰り返し聞いていると、その価値観にはまり込むようになる。他の選択ができなくなる。模範事例の人たちがやったように、自分も犠牲になれると思い込む精神状態になる。こういう精神状態は本当に怖い。

鴨緑江下流に停泊した北朝鮮船舶。「敬愛する金正恩同志を首班とする党中央委員会を命をかけて死守しよう」というスローガンが見える。2025年9月、平安北道新義州市を鴨緑江の遊覧船から撮影(アジアプレス)

◆英雄の事例が生んだ悲劇の連鎖

Q.具体的な事例は?
昔、ホン・ギョンエという女性軍人が、燃えさかる建物に飛び込んで金日成の肖像画を救い出し、そのまま亡くなったという事件があった。その出来事が知られると、ホン・ギョンエは英雄として称えられ、彼女の家は史跡館になって、学生たちが訪れて英雄の誕生と成長過程を学ぶ場所になった。彼女が勤務していた小隊は「ホン・ギョンエ英雄小隊」と呼ばれるようになり、彼女が使っていた生活総和記録帳や日記などが、教材として全軍の兵士たちの学習対象となった。
※生活総和:北朝鮮の住民が義務的に参加する反省会で、それぞれの所属組織で週1回開かれる。

Q.どんな効果があったのか?
どうなったと思う? その後、火事が起きるたびに兵士が飛び込む事件が相次いで、犠牲者も続出した。ついには上から、むやみに犠牲を出すなという指示が下りた。これは、教育と宣伝の効果がどれほど大きいかを示す例だ。

 

A氏の証言は、北朝鮮の英雄主義教育が単なる宣伝を超えて、実際の行動を引き起こす強力な原動力になり得ることを示している。一人の英雄の事例が全ての軍部隊で学習され、その結果、同じような犠牲が連鎖的に発生したという事実は、洗脳教育が個人の合理的な判断力を麻痺させ、集団的な模倣行動を誘発するという強力な証拠である。

整列する北朝鮮の兵士たち。点検する上官が下級兵士を殴打しているように見える。2025年9月、両江道恵山市を中国側から撮影(アジアプレス)

◆個人の成就を目指す過剰な忠誠の落とし穴

Q.なぜ兵士たちはそこまで犠牲を覚悟するのか?
もちろん、こうしたことが起こるのには個人的な理由もある。北朝鮮で出世するために最も重要なのは、労働党員になることだ。軍服務の期間は、労働党に入党するための試される時期とみなされており、10年間の軍生活をたった一つの欠点もなく誠実に過ごさなければならない。しかしそれは決して簡単なことではなく、除隊の時期が近づいても入党できない兵士が山ほどいる。

Q.入党できなかったら?
10年間の軍服務を終えても入党できず、故郷に帰るのは一種の恥だ。除隊を控えた軍人たちは、過剰な忠誠を示してでも入党しようとする圧迫を感じるようになる。

Q.具体的には?
軍服務中の隣の部隊の事例だが、脱走も多くて問題を起こしていた人物がいた。その人は、除隊を目前にして病室に手榴弾を投げ込み、その上にヘルメットを二重に重ね、自分の体で覆ったんだ。以前、キム・グァンチョルという人物が訓練中に落ちた手榴弾を体で覆い、小隊の仲間を助けて英雄になった事例があった。これを真似したわけだ。除隊を前にして自分の過ちを償うことが、入党する道だと思ったんだろうけど、結局、内臓破裂で死んだ。

 

これは北朝鮮社会で労働党入党が持つ意味がどれほど重要かを示す事例であると同時に、個人の生命を軽視する社会構造の中で、兵士たちが、極端な選択を合理的判断として簡単に受け入れているかを明らかにする。

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