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【アグス最後の撮影場所。
「血はいつまでも流れつづける」(99年9月25日/アグス撮影映像から)

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追悼アグス・ムリアワン
081212_apn_agus_000_5.gif悲報が届いたのは、28日の午前10時過ぎのことだった。ジャカルタで待機していた綿井からの国際電話である。先ほど東ティモールのゲリラ筋から急を知らせる電話があったという。
「... アグスが殺害されたそうです...」
「えっ... 死んだ... 死んだの...」
スーッと血の気が引き、受話器を握ったまま、言葉を失った。100キロの鉛の玉を飲み込んだような気持ちだった。周囲の色は消えうせ、一瞬風景が凍りつく。肉親の死より忌むべき凶報...私の人生でもっとも重くて辛い知らせだった。

戦場の絡んだ「死」は決して疎遠なものではない。身近な人だけでも、カンボジア難民やポル・ポト派ゲリラを取材中、マラリアで逝った池原征夫、アフガンで地雷を踏んで爆死亡した写真家の南條直子、カレン民族解放軍へ身を投じた後、病死した義勇兵・西川孝純など...。彼らの訃音を聞いたときは、こみあげてくる情動を抑えることもできず、ぽろぽろと涙がこぼれた。

しかし、アグスの死はまったく違う意味を持っていた。私自身、彼の死に対して重大な責任を負っていたからである。アグスはアジアプレスのメンバーとして東ティモールに行き、取材の途中で斃れた。彼の行動と結果に対する責任は、すべて代表である私が引き受けねばならない。

事実関係を確認するため、新聞を開くと国際面に「東ティモールで教会関係者殺害さる」との通信社電が載っていた。情報源を調べたら、やはり犠牲者の中にインドネシア人ジャーナリストが含まれているという。綿井の方にもアグスの死を確実なものとする情報が現地から次々ともたらされた。冷厳な事実を受け止めねばならない瞬間が迫っていた。

午後になり、この訃報をアグスの家族へ伝えるため、私は国際電話の受話器をとった。辛くても、忌避することを許されぬ私の役目だった。
2日後、私はカンボジアで取材中だった和田博幸、アグスの友人だった本郷由美子、それにジャカルタの綿井を伴い、バリ島の家族のもとへ飛んだ。デンパサールの街中にあるアグスの実家には、親族を含めて数十人の人たちが集まり、私たちの到着を待っていた。

重苦しい空気が流れる中、私は事件について説明を始めた。その時点で確認されていたことはごくわずかであり、断片的な情報を継ぎ足し、継ぎ足ししながら、「無念なことながら、アグスの死は事実と思われる」というようなことをポソリ、ポソリと語った。

081212_agus_0009.jpg【アグスらが殺害された現場脇の川。川の中央に沈んでいるのが乗っていた車(99年10月・東ティモール東部ロウテム 撮影/綿井健陽)

部屋は沈鬱な雰囲気に包まれ、無数の猜疑に満ちた視線が私に浴びせられた。その鋭い矢のような視線の一つひとつが心に突き刺さってきた...アグスの死はお前の責任だ...。

誰一人そのようには責めなかったが、私は針のむしろに座っているような苦痛に襲われていた。生涯でこれほど耐え難く、苦しい体験をしたことはない。悲嘆に暮れていたはずのアグスの両親は、最後までひとことも非難がましい言葉を発せず、ただ黙って悲しみに耐えているようだった。

家族への説明を終えた後、私たちはバリ島からオーストラリア北部のダーウィンへ行き、そこから国連機で東ティモールへ入った。アグスが最後の日々を過ごした教会は、彼の身に付けていたアジアプレスのプレスカードやパナソニックのビデオカメラなどの遺品を保管していた。

事件直後、遺体を収容したシスターたちは、犠牲者の中にアグスがいたことをはっきりと覚えていた。生前の写真を見せても、名前と顔はぴったり一致した。誤報だったのではないか、という一縷の望みも断ち切られた思いだった。

翌日、WFP(世界食糧機構)の車に便乗して、現場へ向かう。東へ1時間ほど走ったころ、車窓から襲撃地点に立てられた十字架を見つけ、「ここだッ」と思わず叫んだ。車を降りると路面に焼け焦げたような跡があった。薬きょうも散らばっている。片方の路肩は切り立った崖となっており、10メートルほど下を流れる川の中に、アグスたちの乗っていた車がそのまま放置されていた。車に撃ち込まれた弾痕が生々しい。

私たちは死者たちが仮葬されたという村へ車を走らせた。急ごしらえの墓地は寒村のはずれにある教会の敷地内で見つけた。直射日光をさえぎるものもない、平坦な場所に手作りの十字架がいくつか並んでいた。十字架には名前らしきものが記されている。

神父ヤシント、神父フェルナンド、修道女エルミニア、修道女セレスレ...・・そして「AGUS」の文字は2列目の右端にあった。 ...アグスはこの土の中にいるのか... 言葉は何も出ない。

近くに咲いていたピンク色のブーゲンビリアの花びらを集め、盛り土の上に供え、ペットボトルの水を十字架にかけた。透明な水はキラキラと輝きながら、木を伝って地面に流れ落ち、太陽に焼かれて白っぽく変質した土の中に黒い染みとなって吸い込まれていった。
アグスはここじゃ、眠れないよな... バリ島に連れて帰ってやらなくちゃ...。 (続く・全7回) 次(6)へ >> 
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