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【アグスの事件を裁く東ティモールの「重罪特別法廷」の様子(01年7月 ディリ高等裁判所)

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追悼アグス・ムリアワン
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スたちは、いまディリの監獄に拘留されている。国連の人権調査団による戦争犯罪の告発や裁きも受け、死刑は免れたものの、十数年の間、獄舎につながれる。だが、あの粗暴で無恥な民兵たちは、獄中にあっても、自らの行為の意味を問い返すことはないだろう。

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【米国バージニア州アーリントンのフリーダム・パークにあるジャーナリスト追悼記念碑。世界各国で取材中に亡くなったジャーナリストおよそ1500人の名前が記されている。00年5月3日、「世界報道自由の日」にあたるこの日、アグス・ムリアワンの名前もここに刻まれた(撮影:綿井健陽)

彼らは彼らが奪ったものの価値に気づくことはない。一個の人間の紡ぎ出す小さな命の輝きと豊かさ...その代替不能な価値をこの殺人者たちは決して理解しない。ひとつの命の消失がいかに多くの人たちの悲嘆を招き、いかに人の心を引き裂いてきたことだろうか。

アグスを殺害した民兵たちのことを考えると心はざわざわと波立つけれども、はっきりしていることはただひとつ。たとえマルケスの命を奪ってみても、アグスの命の喪失とは引き合わない、ということだった。

アグスの死は決して無意味なものだったわけではない。東ティモールでももっとも人望の厚い聖職者のひとり、ナシメント司教は、こう語ってくれたのである。

「騒乱状況の中で私がいちばん怖れていたのは、インドネシア軍や民兵がジャーナリストたちを東ティモールから追い出そうとしたことだ。ジャーナリストたちがみんな逃げてしまったら、ここで起きていることを誰が世界に伝えてくれるのか。

住民投票後の数日間は、東ティモールの歴史の中でも最大の危機といえた。そんなとき、アグスを含めて5人のジャーナリストがこの地に踏みとどまってくれた。彼らの存在は恐怖に怯える市民たちに、大きな勇気と励みを与えてくれたのです」

東ティモールの海岸で焼いたアグスの遺灰は、そのままバリ島へ持ち帰り、海辺で親族たちを集めて簡単な葬儀を行った。祭壇はあったけれども、弔い方は、ヒンズー教でもなければ仏教やキリスト教、道教でもない。何人かが短い弔辞を述べた後、遺灰はボートに運ばれ、肉親の手で海へ撒かれた。私は粉のような白い灰がゆらゆらと波間に溶けていくのをただ黙って見送った。墓は作らず、数枚の写真を居間に飾るだけだという。

081212_agus_0016.jpg【アグスのビデオカメラ。殺害される直前まで撮影していた10時間のビデオテープをもとにアグスの足跡をたどった番組、NHKスペシャル「東ティモール『暗黒の9月』の記録・アグスが遺したビデオテープ」がのちにつくられた。(00年11月 制作・NHK社会情報番組部/制作協力・アジアプレス)同番組は、第41回モンテカルロTV祭で審査員特別賞、第34回アメリカ国際フィルム・ビデオ祭でドキュメンタリー・時事問題部門で第1位(ゴールドカメラ賞)を受賞】

アジアプレスの東京事務所の玄関口には、アグスの遺影と並んで彼が死の瞬間まで身につけていたパナソニックのビデオカメラが置いてある。カメラの上部は破損しており、襲撃されたとき、鉈(なた)で切りつけられたのか、銃弾でえぐられたのかはわからない。

このカメラはアジアプレスのメンバーたちへ無言の励ましを与えている。生き残った私たちは、アグスの死で萎縮するのではなく、彼の勇気を受け継いでいこう、と心に誓う。
危険な取材の現場や精神的な苦境にあるとき、私はアグスのことを思い浮かべる。

「ここで踏ん張らなきゃ、アグスに笑われるぞ...」
この仕事で命を落としたアグスのためにも、ジャーナリストという職業が人生を懸けるに値するものであることを、私たちは証明していかねばならない。その責任がある。
「...血はいつまでも流れ続ける...」。

これは東ティモールを撤退するさい、インドネシア軍が壁に書きなぐった落書きである。アグスは死の直前までビデオを回していたが、いちばん最後に写したのは、この暗示的な言葉だった。

東ティモールではアグスの死後も、独立を達成した後も、やはり血は流れ続けている。アグスは天国で愚かな人間の営みを眺めながら、「ノナカさん、それでもちゃんと記録し続けなきゃいけません」とちょっぴり怒りを込めて叫んでいるに違いない。 (了) (1)に戻る <<
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2007/12/10 映像ジャーナリストの現状を考える~長井健司さんの死を受けて(野中章弘)