『駐留軍関係法に関するハンドブック』の表紙。『駐留軍関係法に関するハンドブック』
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国家が情報を隠蔽するとき

18 在日米軍法務官が記す裁判権放棄の実態
そうした実態を示す在日米軍法務部関係者の記述もある。最近まで在日米軍法務官事務所国際法主席担当官(中佐)だったデール・ソネンバーグと在韓国連軍・米軍司令部法務官特別顧問のドナルド・A・ティムの論文「日本駐留外国軍隊に関する諸協定」である。

同論文はイギリスのオックスフォード大学出版の『駐留軍関係法に関するハンドブック』(2001年)に収められている。同書は、1998年にドイツで開催された「駐留軍関係法に関する会議」(ジョージ・マーシャル欧州安全保障研究センター主催)の報告をまとめたものだ。

同書を購入し、「日本駐留外国軍隊に関する諸協定」を抄訳した新原昭治によると、同論文の前半部分は日米地位協定の刑事裁判権について書かれ、後半部分は日本における国連軍地位協定について書かれている。
前半部分は、在日米軍法務官事務所国際法主席担当官として、日米地位協定の運用実態を熟知するソネンバーグの執筆になるものと考えられる。その前半部分に、次のような注目すべき記述がある。

「日本は非公式な合意を結んで、日本にとって『特別な重要性』がある時を除き、刑事裁判権の第1次的権利を放棄することにしたのであった。日本はこの了解事項を誠実に実行してきている」(新原訳)
米兵犯罪裁判権をめぐる日米密約の存在と、それが実行され続けていることを、在日米軍当局の法務官自らが認めているのである。

さらに、「日本において米側裁判権を最大限にするために使われている措置」(新原訳)として、1「不起訴」2「米側被疑者に関わる米側の犯罪調査」3「起訴の意思を通知する時間の喪失」4「必要なら、すでに起訴されている事件の裁判権放棄」を挙げている。

「米側裁判権を最大限にする」とは、日本側が第1次裁判権を有する事件の処理を、第2次裁判権を有する米軍側の手に委ねさせることを意味し、そのための具体的方法として4通りの措置を挙げているのである。
その内の3「起訴の意思を通知する時間の喪失」こそ、極めて短く限定された裁判権行使通告期間のことを指している。

2「米側被疑者に関わる米側の犯罪捜査」は、日本側が第1次裁判権を有する事件なのに、捜査そのものを米軍側に委ねてしまうことを指すのだろう。
日米地位協定第17条では、第1次裁判権を有する国の当局は、他方の国がその権利の放棄を特に重要であるとして要請した場合、その要請に好意的考慮を払わなければならないと定めている。

しかし、日本側がそのように米兵犯罪の第1次裁判権を放棄すると、国民の反発や批判を招く可能性が高い。そこで、起訴猶予や嫌疑不十分などの理由で不起訴にしたり、「起訴の意思を通知する時間の喪失」にまかせて第1次裁判権不行使にしたりすることで、事実上の裁判権放棄をおこなっているのが実態だと考えられる。
在日米軍当局者のあからさまな言葉から、米軍優位の裁判権放棄密約と日米地位協定の実態が浮かび上がってくる。

つづく(文中敬称略)
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