ここが国境地帯?
訪れる人が、こう驚くほど、静かでのんびりした牧歌的な光景が広がっていた豆満江と鴨緑江辺。
しかし、90年代後半から、脱北難民の大量流入や、麻薬密輸などの犯罪の発生に伴い、中国当局は国境警備を格段に厳しくしてきた。
この数年、中国当局は国境に鉄条網の設置を進めている。写真で報告する。

鴨緑江を挟んで望む両江道の恵山(ヘサン)市。中国側は吉林省の長白県。大きな街が向き合うこの地区は、朝中国境1400キロ中最大の密輸地帯となっている。 2010年7月 李鎮洙撮影 ©アジアプレス

鴨緑江を挟んで望む両江道の恵山(ヘサン)市。中国側は吉林省の長白県。大きな街が向き合うこの地区は、朝中国境1400キロ中最大の密輸地帯となっている。 2010年7月 李鎮洙撮影 ©アジアプレス

 

北朝鮮から中国への越境、脱北は、97-00年頃がピークであった。
この頃、中国側の国境警備はまるでザルのような状態で、連日、膨大な数の越境者・難民が中国に流入していた。

北朝鮮国内の社会混乱と飢餓の拡大によって、民衆を中国に向かわせる力が国内で強く働いていたせいである。
当時、中国当局は国境警備を担う「辺境防衛部隊」の国境巡回を強化しつつも、流入する北朝鮮の飢民に対しては、幹線道路での検問強化や、豆満江沿いの都 市・農村集落での検挙に警察力を集中していた。

1400キロにも及ぶ国境線において、物理的に飢民流入を阻止するには、莫大な予算と人員が必要なため、潜 伏している人たちを検挙して強制送還する方針を取っていたためだと思われる。

しかし、00年に入った頃より、北朝鮮から飢えた軍人が越境して来て国境地帯の村で食べ物をねだったり、密輸が横行したり、果ては越境者による強盗、殺人事件が発生したりするに及んで、国境線そのものの監視と警戒を重視する傾向が強まった。

5、6年前からは、国境線の中で、越境や密輸のポイントとなっている場所に、鉄条網を設置し始めたのである。
国境付近の住民の安全問題や、麻薬密売や人身売買など、国境をまたぐ犯罪行為の取り締まりのためには、国境警備の強化はいたしかたないのかもしれない。

しかし一方で、食べ物と自由を求めて中国に逃れたいと考える北朝鮮の民衆にとっては、鉄条網はきっと牢獄の鉄格子のように見えるに違いない。
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