休日の公園でラジカセで音楽を流しながらディスコ風ダンスに興じる若者たち。外部世界の影響を受けているのは明らかだ。ただし公の場でかけられるのは北朝鮮の曲だけ。女性はポニーテールをリボンで括るのが流行っていたようだ。(2006年8月清津市 リ・ジュン撮影)


権力と結託しての密売

このように、隠れて必死に稼いだ売上のうち、経費としてかかるのは、主に機械修理代と、この商売を統制する保安署、保衛部、検察などの権力機関の人間に渡す賄賂だった。賄賂を受け取った幹部たちは、安全に商売できるよう保護してくれる。自分たちが監督できるアパートなどの安全な場所でダビング作業ができるようにしてくれた。また、ずっと賄賂をもらい続けるために、手入れの時間や場所などの取締り情報を提供してくれたりもした。甚だしきは、取締りで没収したVCDを、自分と関係のある商売人に売らせて稼いだりもしていたのだった。

取締りには次のような姑息な方法が使われることがあった。北朝鮮では停電がしょっちゅうだが、当然電気がないと韓国ドラマも見られない。そこで、取締り実施を決めると、わざと電気供給を良くして〝見させる〟のである。そして突然家に踏み込むのだ。そんなことが度々あったため、電気が珍しくよく来ると、「これは取締りするためじゃないのか」と考えるようにすらなっていった。このようにして没収したVCDを業者に引き取らせて〝再販売〟させていたのだから、VCDの密売業者と取締り機関の幹部たちは、利益を得るために助け合う共存・共犯の関係にあったと言えると思う。

市場では、韓国ドラマのVCDは、当然禁制品だったので、品を店に置くことはしなかった。紙に朝鮮映画や「万寿台テレビ」が放映した映画やアニメの題名を記して置いておくと 裏で売っている作品はないかと客が聞いてくる。その客を、「ブツ」を保管している場所に連れて行き、VCD再生機で見せて画質と内容を確認してもらう。さらに別のドラマを勧めて、一枚でも多く売ろうと懸命に営業したものである。

VCDのダビング場所に関しては、どんなことがあっても発覚しないように、ダビング業者と「テゴリクン」は細心の注意を払って取り引きした。「ブツ」を運ぶ時は、中国から入ってきたラーメンの箱に入れて、保安員たちの目を欺こうとした。ダビング作業をする際も、とにかく気をつけて作業した。尾行が付いたり、発覚の恐れが生じた場合は、協力者である取締り機関幹部から、作業中断や拠点移動を促す連絡が入った。やばい時には「ちょっと休んでいろ」という連絡が来ることもあった。韓国ドラマのダビングや流通を知りながら目をつぶってやったり、保護していることがばれると、自分たちも終わりであるということを、彼らもよく知っていたからに他ならない。

VCDをダビングしている同業者との間で競争が激しくなってくると、密告するなどの足の引っ張り合いも生じるようになった。あまり地位の高くない幹部と繋がっていたある業者は、ダビングが発覚しても保護を受けられず、追放されたり、懲役を喰らったりすることもあった。二〇〇四年だったと思うが、ダビング業をしていた三~四家族が見つかってしまい、平城市の広場で全員が公開裁判を受けた。裁判終了後直ちに、そのまま彼らは車で農村に連れて行かれていった。
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