Yoi Tateiwa(ジャーナリスト)

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【連載開始にあたって編集部】
新聞、テレビなどマスメディアの凋落と衰退が伝えられる米国。経営不振で多くの新聞が廃刊となりジャーナリストが解雇の憂き目にさらされるなど、米メディアはドラスティックな構造変化の只中にある。 いったい、これから米国ジャーナリズムはどこに向かうのか。米国に一年滞在して取材した Yoi Tateiwa氏の報告を連載する

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第2章 非営利ジャーナリズムの夜明け
◆第1節 チャールズ・ルイスによる非営利ジャーナリズム事始め

ワシントンDCの中心部、地下鉄ファラガット・ノース駅を出て南に少し下ったところに、小さな公園がある。その駅の名前は、公園の中央に立つ銅像に由来するのだという。アメリカ海軍最初の提督、ファラガットだ。見上げる人も希なその古びた銅像を東側から見ると、その先に、これまた古びた建物が視界に入る。

Center for Public Integrityの入居する建物

Center for Public Integrityの入居する建物

 

2011年の1月25日、私はその建物の7階に上がった。エレベーターを出ると、Center for Public Integrityの文字が目に飛び込んできた。ここがチャールズ・ルイスが1987年に設立した非営利ジャーナリズム、Center for Public Integrity(CPI)のオフィスだ。設立から20年余り。現在アメリカで急激にその数を増やしている非営利ジャーナリズムの始祖とも呼べる存在だ。

ルイスは既に理事に退いており、この建物にはいない。しかし、創設者としてのルイスの存在感は、室内のいたるところに掲げられたポスターや様々な賞で感じることができた。

大統領選挙や議会選挙が金で支配される現状を調べ上げた「The Buying of The President」 や「The Buying of The Congress」のポスター。これらは、ルイスがCPIで特に力を入れた調査報道だ。

シリーズ化された一連の取材は、ブッシュ元大統領の資金源が破綻したエンロンだった事などを明らかにした。その他、イラク戦争で巨額の契約を得たハリーバートン社と当時のチェイニー副大統領との親密な関係を暴くなど、ワシントンをめぐる政治と金を追い続けた調査報道の中には、国際的に報じられた特ダネも少なくない。

当初は記者会見をして発表していた調査報道の内容は、1999年から自前のウエッブサイトでの公表に切り換えられた。今、ウエッブサイトの内容は次々と更新されている。非営利ジャーナリズムでこれだけのペースでトップ記事を差し替えられるところは少ない。記者50人を擁するから出来ることだろう。

団体名にある「Integrity」という言葉は、日本人には、実に発音しにくい。発音しにくいだけではなく、意味を日本語に訳するのが一苦労だ。辞書で引くと、「正直さ、誠実、高潔、清廉」などと出てくる(ジーニアス英和大辞典)。「honestyより堅い語」とも書いてある。団体名を意訳して、「社会の公正を追求するセンター」とするのだろうか。気恥ずかしくなるような名前だ。

その気恥ずかしさは、ルイスも否定はしなかった。インタビューの中でこの団体の名称について尋ねた時、ルイスは次の様に話して笑った。

「確かに、気恥ずかしい名前だとは思う。でも、60ミニッツ(CBSテレビの看板報道番組)のプロデューサーを辞めた時、子供は小さく、家のローンも残っていた。だから、『これから凄いことをやるんだ』と自分に言い聞かせる必要があった。Integrityという言葉にはそういう思いを込めた」

まだ非営利ジャーナリズムの先例が無い時期のことだ。小学生の娘を抱え、自宅を担保に借金して始めた活動だったという。彼は何を考えてCPIを作ったのか?次回から、ルイスの考え方を通して、非営利ジャーナリズムとは何かを考えたい。

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