◆渡利地区ルポ 風評で地価下落心配の声も
衆院解散で事実上の選挙戦に突入した。かつて野田佳彦首相は「福島の復興なくして日本の復興はない」と言ったが、被災地の再生を声高に訴える政党は今のところ見当たらない。東日本大震災から20カ月が過ぎた11月18日の早朝、深夜バスで福島市に入り、ホットスポットの渡利地区を歩いた。東京電力福島第一原発事故による放射能汚染に苦しみ続ける人たちの口から漏れ聞こえてきたのは政治不信の言葉だった。(矢野 宏)

福島市の中でも最も放射線量が高い渡利地区

 

朝の気温は6.7度。晴れ間が広がっていたが、細かい霧雨が降っていた。ガイガーカウンターを包んでいるビニール袋にも小さな雨粒がつく。JR福島駅前の線量は毎時0.42マイクロシーベルト。自然界で受ける放射線量の5倍を超えている。
傘も差さずに走り抜ける高校生たち。ほとんどの市民がマスクもしていない。乗り込んだタクシーで放射能汚染について尋ねると、「もう慣れっこになってしまったのかねえ。避難したところで、行った先々で仕事や生活などの不安はありますから」という言葉が返ってきた。

「ただ、政府が原発事故直後の数値を公表しなかったことは今でも許せないねえ。市民もあの時に被ばくしていたのでしょうから。何を信じていいのやら」
JR福島駅から東南に1キロ。阿武隈川を渡り、渡利地区に入った。人口1万6000人あまりの閑静な住宅街が広がっている。ガイガーカウンターは毎時0.68マイクロシーベルトを記録している。市立渡利小学校前で計測すると、その数値はさらに上昇した。

渡利地区は福島第一原発から60キロ離れているが、福島市の中で最も放射線量が高いホットスポットの一つである。
「国や市には住民の命や健康を守ろうという意識がまったく感じられません」というのは渡利地区の裏澤利夫さん(78)。
市環境課の職員2人が裏澤さん宅を訪れ、空中放射線量を測定したのが昨年11月28日のこと。庭に植えている柿の木の下の土壌から1メートルの高さで毎時2.95マイクロシーベルトを計測した。住民が避難する際に国が支援を行う「特定避難勧奨地点」の指定基準に匹敵している。指定されると、避難するかとどまるかを選択でき、いろいろな補償が受けられる。
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