◇ この国の歴史を振り返ってみて
安倍政権が秘密保護法案を強行採決して成立させた、その国会審議を通じて、この法律がいかに政府の情報隠蔽に都合がよく、一方で、市民の「知る権利」や言論の自由を侵し、さらには曖昧な罰則規定の拡大解釈により、人身の自由など基本的人権を侵害するかが明らかになった。

同法案が衆議院で審議入りした2013年11月7日、安倍晋三首相は衆院本会議で秘密保護法案の必要性について説明した際、次のように述べていた。
「安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要な情報を保護し、わが国と国民の
安全確保に資することを目的としている」

たしかに同じことは秘密保護法第1条(目的)にも書かれている。

しかし、この国の歴史を振り返ってみて、国家が秘密保護の名のもと、軍事や外交などに関わる情報を広範囲に軍事機密や国家機密として、その漏洩や取得を厳罰をもって取り締まったことで、はたして国民の安全が確保されただろうか。

戦前・戦中、軍機保護法や国防保安法などの秘密保護法制と情報・言論統制によって、国民は国の行方を判断するための情報から遠ざけられていた。
情報はいわば国家が独占し、人びとは真実を知らされず、軍部・政府の戦争政策に従うよりほかに選択肢はなかったといえる。国家総動員体制のもと戦争遂行のための「人的資源」として、戦場に送り込まれ、軍需生産に動員され、銃後の護りに挺身させられた。

いや、「された」「させられた」というよりも、教育勅語に象徴される皇国教育でつちかった大日本帝国臣民意識が下地にあったうえに、戦意高揚をあおる新聞・雑誌・ラジオ・ニュース映画など当時のマスメディアの影響も加わり、「挙国一致」「尽忠報国」「滅私奉公」の時代の空気に国民自ら染まっていった。と同時に、相呼応してそのような空気をつくり出していった面が強い。

ただ、それは、軍部・政府が秘密保護法制と情報・言論統制を巧みに用いて、都合の悪い戦況などの情報は隠す一方、陸・海軍報道部発表や大本営発表で戦意高揚に都合のいい情報は流すという、情報操作をしていたからこそだ。

むろん特高警察や憲兵も国の隅々にまで目を光らせていた。秘密保護すなわち防諜(スパイ防止)の重要性が叫ばれ、防諜意識普及のため全国各地に、「一億みんな防諜だ」「壁に耳あり」「スパイは汽車に井戸端に」などの防諜ポスターが掲げられた。こうした銃後の防諜を強める動きは、国民の相互監視という重苦しい空気を生み出していった。

そして、軍部主導の無謀な戦争の果てに、多くの兵士たちが異国の戦場に屍をさらし、銃後の国民も空襲で死傷し、家を焼かれた。沖縄戦では県民が戦火に巻き込まれたばかりか、日本軍にスパイ視されて虐殺もされた。広島・長崎には原爆も投下された。国民の安全が確保されるどころの話ではなかったのだ。


◇ 国家の暴走をチェックできずに戦争へ
つまり、秘密保護法制とそれに必然的に伴う情報・言論統制によって、国民が目と耳と口をふさがれ、国家の政策の是非を判断するための情報が得られなかった結果、国家の暴走をチェックできず、あげくの果てに大きな犠牲を強いられたのである。それだけではない。侵略戦争の実態が報じられなかったために、国民は侵略を侵略と認識できず、アジア・太平洋地域の人びとにおびただしい戦争の惨禍をもたらしたのである。

沖縄戦体験者が憤りをこめて、「軍隊は住民を守らない。軍は軍そのものを最優先させる」と語るように、秘密保護法制の本質は軍隊をはじめ国家機関の組織維持を最優先させ。情報を隠蔽し操作することにある。国民・市民の安全は二の次なのである。それが歴史の教訓だ。

自民党で秘密保護法案を取りまとめたプロジェクトチーム座長の町村信孝元外相は、11月8日に国会審議で、「『知る権利』が国家や国民の安全に優先するという考え方は基本的な間違いがある」と述べていた。

この発言からもうかがえるように、同法の根底にあるのは、個人の自由や人権よりも国家を優先させる発想だ。前出の安倍首相の発言でもそうだが、あくまでも「国家や国民の安全」であって、常に国家が先にある。まず国家ありきの発想だ。
それは、自民党改憲草案(2012年)が「国民の責務」として「常に公益及び公の秩序に反してはならない」と強調する点とも通じ合う。この「公益及び公の秩序」が、実際は「国益及び国家の秩序」を意味しているのは見え見えである。

自民党・安倍政権は秘密保護法案と国家安全保障会議(日本版NSC)設置法案を強引に成立させた。さらに2014年の国会で集団的自衛権の行使を可能とする国家安全保障基本法案を成立させようともくろんでいる。

自民党の国家安全保障基本法案(概要)には、「国民の責務」として「国民は、国の安全保障施策に協力」することが盛り込まれている。つまり、国民は国の防衛政策(軍事政策)への協力を義務づけられることになる。
それは国防軍の創設を明記した自民党改憲草案の先取りだ。「わが国と国民の安全確保」を謳い文句にした秘密保護法は、いつか来た道への道標にほかならない。
しかし、そんな法律をつくることよりも、むしろ政府の情報公開をより一層進め、市民に国の政策の是非を判断する材料をより多く提供することこそが、国家の暴走をチェックできる、本当の意味での安全確保につながるのではないだろうか。
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