APN_080714_yoshida_0004◆なぜ国会の存在を軽視して強引に事を進められるのか

なにがなんでも集団的自衛権を使えるようにしたい安倍晋三政権が、行使容認の閣議決定案を公明党に突きつけて、無理押ししています。

憲法上、集団的自衛権の行使は認められないと、国会答弁を積み重ねて定着した従来の政府見解を一挙にくつがえそうとしているのです。

憲法第99条で「憲法尊重擁護義務」を課せられた行政の長として、率先して憲法を尊重し守らねばならない総理大臣の安倍首相が、「憲法解釈の最高責 任者は私だ」と筋違いに力みかえって、解釈改憲の閣議決定へと暴走する背後には、憲法により国家権力にしばりをかける立憲主義の枠組みを、行政の裁量権の 拡大解釈によって取り払おうとする意図が見えます。

国民には、法律は守らねばならないという側面を強調する法治を押しつけ、自分たち権力層は立憲主義にもとづく法治の枠組みにとらわれない自由裁量権を拡大しようとする思惑が透けて見えます。

法治の反対は人治です。ひとにぎりの権力者とその側近政治家、官僚機構が立憲主義を無視して、法の解釈を独占し、都合のいいように運用しようとしているのです。

それは独裁制につながる道とも言っていいでしょう。

それにしても、いったいなぜ安倍政権は特定秘密保護法の制定につづき、集団的自衛権の行使容認に向けて、ここまで野放図にごり押しできるのでしょうか。

特定秘密保護法案にしろ、集団的自衛権の行使容認の閣議決定案にしろ、与党である公明党との密室協議を通じて事を運び、国会での十分な審議に応じていません。

憲法第41条で定められた「国権の最高機関」である国会の存在を軽視して、ないがしろにするやり方です。

それも、これも、自民党が国会の議席の大多数を占めているからで、安倍政権はその上にあぐらをかいているのです。

しかし、自民党が議席の大多数を占める国会の現状は、はたして正当性を有しているといえるでしょうか。

それは、主権者の民意を正当に反映しているとは到底いえません。