新基地建設計画をめぐり国と県が法廷で争う沖縄県名護市辺野古。70年前に起きた集団自決の生存者の女性は「70年前は『ノー』と言えず、多くの人びと が、ひどい目に遭ったが、いまなら『ノー』と言える」とスピーチする。現場を駆け足で取材した。(栗原佳子/新聞うずみ火)

ゲート前には、数え切れないほどの横断幕が張り出されてあった。(沖縄県辺野古で11月撮影・栗原佳子)

ゲート前には、数え切れないほどの横断幕が張り出されてあった。(沖縄県辺野古で11月撮影・栗原佳子)

 

◆「いまなら間に合う」
「警察のみなさん、基地建設に手を貸すことはやめてください」
宮里洋子さん(74)=那覇市=が一人、第1ゲート前に立った。かぶった帽子は、辺野古の海に生息する絶滅危惧種、ジュゴンをかたどっている。

「70年前は『ノー』と言えず、多くの人びとが、ひどい目に遭いました。でも、いまなら間に合います。いまなら『ノー』と言えます。警察のみなさん、一緒に声をあげませんか」

「ノー」と言えなくなった果てに何が起きたか......。洋子さんは、自分が70年前、慶良間諸島の座間味島で起きた「集団自決(強制集団死)」の生存者であること、多くの人がいのちを落としていったことを切々と訴えた。

「この国は過去に向かって進んでいます。『戦世(いくさゆ)』に戻るのは真っ平ごめんです」

洋子さんは辺野古や、ヘリパッド建設が強行される高江などに通い続けてきた。いまも週に一度は「沖縄『建白書』を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」の 「島ぐるみバス」を利用するという。那覇をはじめ北部や中部の各地を起点に、毎日日帰り運行する「辺野古ゲート前行き」バスだ。