◆行方不明者2000人以上、被災地では今も行方不明の家族を探す人々の姿が

父親の紀夫さんが役場や避難所に貼ってまわった、汐凪さんたちを探すチラシ。(家族提供)


東日本大震災から6年と5カ月のきょう、被災地ではいまだ行方不明となっている家族を捜す人々の姿がある。警察庁の発表によると行方不明者の数は6月9日現在2550人。時が過ぎるにしたがって発見は困難になっている。

昨年12月、海岸付近のがれきの中から遺骨が見つかった少女がいる。福島県大熊町の木村汐凪(ゆうな)さん(当時7歳)。震災の日、海沿いの自宅にいたところを大津波に流された。そして、直後に起きた原発事故によって捜索は中断に追い込まれ、救出の可能性が断たれてしまった。

発見された汐凪さんの遺骨は、まだ5分の1ほどだ。父の紀夫さんは「すべての骨を見つけてやりたい」と、避難先の長野県から、帰還困難区域のなかにある自宅に通い捜索を続けている。

原発の町の少女・汐凪さんのことを初めて知った、というあなたに届けたい家族の物語。(尾崎孝史)

◆「家族三人が行方不明です」
去年の大晦日、福島県の浜通りにある建物から一組の家族が現れた。かつて、温泉を備えた「道の駅」として親しまれた施設は、6年前の原発事故を受け営業停止。翌年10月から、双葉警察署の臨時庁舎として利用されている。

白布に包まれた箱を抱えているのは木村舞雪さん(16)。箱の中に入っているのは妹、汐凪さんの下顎と歯だ。「歯に治療した跡があったので、汐凪だとわかりました」と話してくれた。

父の木村紀夫さん(51)は骨箱に入った次女を助手席に乗せ、シートベルトをかけた。原発事故によって救出の可能性が絶たれてしまった娘との再会。あてどなく捜し続けた2123日の空白を埋める家族旅行のようなドライブが始まった。
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