汐凪さんの姉・舞雪さんが思い出すのは、妹と一緒にすごしたふるさとの風景だ。

「叶うなら、汐凪と一緒に遊んだ町が元に戻ればいいなって。海の音を聞いていたら安心するので、本当に帰りたい。原発のことは事故が起きて初めて知った。それまで、何かの工場なのかな、みたいに思っていた。むかつくけど、原発がないとみんな困るのかな。

将来は結婚して、ずっとはしゃいでいそうな男の子が欲しい。でも、健康への影響が心配なので、子どもができたら大熊には帰らない」

そして、父の紀夫さんはこう話してくれた。

「頭から離れないのは、東電の石崎さん(福島復興本社代表)が私に言った言葉です。『裕福な生活を求めている人がいるから原発が必要なんです』。本当にその通りですよ。

だから、僕はできるだけ電気に頼らずに暮らしたいし、汐凪が見つかるまでの5年9カ月、自然の恵みを活かす取り組みをしている人たちとも出会えた。汐凪が伝えてくれたのは、私たちにとって本当に大切なものは何なのか、ということではないでしょうか。私はそう思います」
汐凪さんを取り戻した大晦日、紀夫さんが向かったのはいわき市にある夏井川の河口だった。車窓から、汐凪さんの母・深雪さんが見つかった海が見える。骨箱を持つ姉の舞雪さんを中心に一家は浜にならんだ。

汐凪さんの遺骨捜しはこれからも続く。閉ざされた町では木々がなぎ倒され、中間貯蔵施設の建設が進む。私たちにできるのは、記憶の中に生きる汐凪さんの問いかけに耳をすますことだけなのかもしれない。
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