産経新聞2009年12月に掲載された工藤美代子氏へのインタビュー記事と13年11月掲載の「虐殺否定論」紹介記事。

◆「朝鮮人虐殺否定」は歴史学では荒唐無稽

前回の記事(「日本版「否定と肯定」裁判で問われた南京事件」1月19日アジアプレスネットワーク)で、私は、工藤美代子『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』(産経新聞出版、2009年)とその新装版である加藤康男(工藤氏の夫)『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』(ワック、14年)で展開する「朝鮮人虐殺否定論」について紹介し、その主張がどのようなトリックに基づいているかを説明した。

1923年9月1日に起きた関東大震災直後、「朝鮮人が暴動を起こした」「朝鮮人が井戸に毒を入れた」という流言を信じた自警団や軍の一部が多くの朝鮮人を虐殺した。ところが工藤夫妻は、こうした認識は誤りであるという。これまで流言とされてきた朝鮮人の暴動や放火などは事実であり、自警団の暴力はそれに対する反撃であって「虐殺」ではないというのだ。その証拠として彼らが主に指し示すのは、震災直後に氾濫した無数の「朝鮮人暴動」記事の存在である。

だが実は、これらの記事は、混乱の中で流言をそのまま伝えた誤報・虚報として研究者の間ではよく知られてきたものだ。この時期は、「朝鮮人暴動」の他にも「首相暗殺」「上野に大洪水」「伊豆諸島沈没」といった記事があふれていた。内務省は「朝鮮人」関連報道は誤りが極めて多いとして新聞社に警告を発している。その後、これらは当時の流言を伝える史料として研究対象となってきた。朝鮮人虐殺関連史料を集めた本などにも数多く収録されている。ところが工藤夫妻は、そうした事情を知らない読者に対して、これを無前提に「事実」として紹介してみせたのだ。しかもそれを通じて、虐殺の犠牲者である朝鮮人たちを反対に無差別テロの加害者に仕立てたわけである。

しかし私は今回、この本そのものについてではなく、それを出版した産経新聞社の問題を指摘しておきたい。

工藤氏の文章は、もともと雑誌「SAPIO」(小学館)に連載されていた。それを2009年に書籍化したのが産経新聞出版である。つまり、新聞社系の出版社でありながら、90年前の誤報・虚報を事実として示す本を出版したということだ。

それだけではない。その前後、産経新聞は紙面上で工藤氏の主張を何度か取り上げている。たとえば2013年11月17日に掲載された「子供たちに伝えたい日本人の近現代史」という連載記事だ。執筆者は論説委員も務めた皿木喜久記者。日本近代史をテーマにした編著書を何冊も出している人だが、この記事では「『流言蜚語』による『虐殺』だったのか」という小見出しをつけて工藤氏の主張を肯定的に紹介している。

「工藤氏によれば、震災直後何とか東京で発行できた新聞や地方紙に、朝鮮人による集団暴行の事実を示す記事や目撃談が数多く載せられている。だから自警団らはありもしない『流言蜚語』で動いていたわけではないという。その上で、大震災の混乱に乗じ、首都で大暴動を起こす動きがあったことを強く示唆している」

「彼らはこの年の11月27日に予定されていた摂政宮(皇太子、後の昭和天皇)のご成婚の日に決起しようとしていた。だがその前に大震災が起きたため、急遽(きゅうきょ)その混乱に乗じようとした、との説は根強い」
次のページ:かつての誤報記事を検証もなしに「事実」と示す文章を新聞社が書籍化、紙面で肯定的に紹介...

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