韓国・済州島「4.3事件」70周年追悼式にて。銘板に刻まれた祖母と叔父の名前を見つけ、指さす高春子さん(撮影 矢野宏)


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年前、韓国・済州島で島民数万人が虐殺された「4.3事件」。半島の南側だけで総選挙を行うことは南北分断を固定化すると島民の一部が蜂起したことに端を発した惨劇だ。43日、現地では犠牲者の追悼式が営まれ、大阪からも在日の遺族・関係者ら100人が参列した。(矢野宏/新聞うずみ火)

◆祖母と2人の叔父が犠牲に

追悼式典に参列するため「70周年慰霊の旅」に参加した大阪市生野区の高春子(コ・チュンジャ)さんも犠牲者の遺族の一人だ。41年に大阪市東成区で生まれた高さんは終戦間際、米軍による大阪空襲から避難するため両親の生まれ故郷である済州島へ帰った。当時5歳。両親と兄、母の弟である叔父2人と一緒に危険な海を渡ったが、故郷の土を踏んでまもなく父は病死する。4.3事件が起きたのは、高さんが小学校に入学した年だった。

「山に狼煙が上がったのを今でもはっきりと覚えています」

高さんは母に背負われ、兄とともに海岸へ逃げた。大きな岩陰に隠れ、町が燃えるのを見たという。

「春ちゃん、春ちゃん」と可愛がってくれた叔父2人の行方がわからなくなり、後に、2人とも遺体となって戻ってきた。

「叔父は『明日、陸地(半島)へ行く』と言っていたのに、山に行っていた。武装蜂起に巻き込まれたのだと思います。遺体を確認しに行った母は、叔父の上に幾体もの遺体が積み重なって埋められていたため、顔が歪み、弟かどうかわからなかったと言っていました。下の叔父のベルトに石で切った跡があり、ようやく確認できたそうです」

息子である2人が「山に行った」ことで60歳を超えた祖母も警察から嫌疑をかけられた。

「警察署の庭で警官に『歩け』と言われ、その後ろから銃で撃たれるのを母は見ていたそうです。でも、身内だと知られると殺される。私や兄の命も危ない。近所の人間を装い、涙をこらえて祖母の遺体を引き取ったと言っていました。夜、いつも私を抱きしめて泣いていたのを忘れることができません」
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