◆いつのまにか 「韓国の主張」にされた「対抗措置」

たとえば読売新聞は、韓国代表がWTOの理事会で「日本の措置を『徴用工問題と関連した対立に起因したもの』と主張し」(7月25日付)と記述し、産経新聞は「韓国は日本の措置は、日本企業が徴用工訴訟で賠償金を命じられたことへの『報復』だと主張して」(同日付)いると書いている。輸出規制が徴用工判決への対抗措置であるというのは韓国側の「主張」にすぎないというのだ。他紙も全く同じである。たとえば朝日は「(文在寅大統領が)輸出規制強化は韓国人元徴用工訴訟への報復だと改めて位置づけ」(8月6日付)と書いている。

政府はどうか。7月2日の記者会見では規制の理由として徴用工問題を挙げた菅官房長官だが、8月2日の会見では「対抗措置ではない」と発言した(産経8月3日付)。

実は当初から、所轄官庁のトップである世耕弘成経済産業相と西村康稔官房副長官は「対抗措置ではない」と明確に否定してきた。その代わりに「安全保障を目的とした輸出管理制度の適切な運営」(産経7月2日付)だと主張していた。7月12日に行われた日韓の事務レベル級会合では、日本側は「(韓国側に)輸出管理上の不適切な事案があった」と主張している(産経7月13日付)。ただし、日本側はこの会合で、「第三国への横流しを意味するものではない」と明言しており(同上)、 自民党幹部などが一時期、盛んに吹聴していた「北朝鮮への横流し」は否定された。 実際、そうした証拠は全くないようだ。そうなると、「安全保障」上、何が問題なのか、「不適切な事案」とは何なのか、全く判然としない。

だがこれ以上、言葉をひねくり回す必要はないだろう。事実は誰もが知っているとおりだ。 日本政府は徴用工判決や「慰安婦」合意崩壊への「対抗措置」=報復として輸出規制に踏み切ったのである。だから、輸出規制を徴用工問題への「対抗措置」だと断言した読売や産経の7月初めの報道は誤報ではないのだ。

政府はしかし、韓国によるWTOへの提訴や国際的な批判への予防策として“公式には”それを認めないという選択をしているわけだ。テレビのニュースでたまに、中国の報道官が「適切な対応を取った」などと木で鼻をくくったような説明をするのを見るが、あれと同じだ。外交においては、時にそうした不正直な態度が必要だという考え方もあるかもしれない。だが私がここで問題にしたいのは、とりあえず日本政府の姿勢についてではない。メディアの姿勢についてである。
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