吉田敏浩×新倉裕史 対談(2)
憲法の平和力を回復する。自衛官との対話を通じて、憲法9条のもつ意味を再発見する試み。

《対話は平和運動にとって大切なもの》
吉田 同じ人間として自衛官の目線に近づいてゆく呼びかけを通じて、対話を図ろうということですね。

新倉 対話は平和運動にとって特に大事なものだと思います。例えば、ブッシュ政権のように対話する姿勢を持たずにいると、軍事力にものをいわせてしまうわけです。軍事力にものをいわせるやり方に反対していくためには、対話の持つ力を信じることが大切なんです。

撮影:ヨコスカ平和船団

では、平和運動は十分な対話をしてきたかというと、決してそうではなかった。平和運動の側には、ある種の絶対的な正義の意識があって、それを背負うがゆえに、平和でないものに対して、徹底的に糾弾することで終わっていたという気がするんです。

だから、自衛官との対話を図ることで、平和運動の側は自分たちの姿勢を正してゆけるんだと思います。対話をするためには、自衛官の胸に届く言葉を持たなければならない。そのような言葉を僕らが持てているかどうか、自信はないですが、ここから始めるしかない。自衛官の労働環境がどうなっているのか、法的な身分はどうなのかも含めて、事実をもっともっと知らなければと思います。

吉田 自衛官との対話が成立したようなことがありましたか?

新倉 以前、横須賀で地域の子育て運動の人たちが主催して、小学生のために、新ガイドライン(日米防衛協力の指針)が平和をいかに脅かすかを、紙芝居を通して訴える会が開かれたことがあります。そのとき、見学の父母のなかに現役の海上自衛官がいて、紙芝居のあとの交流会でこんな発言をしたんです。
「自衛隊で飯を食っている以上、命令があれば行かざるをえません。だから、皆さんが、とんでもない命令を下す政府を作らないでください」

それを聞いて、正論だと思いました。「あなたが自衛隊を辞めれば済むことじゃないか」とは言えないですよね。とんでもない命令を下す政府を作り出してしまった私たちに、やはり責任があると思うんです。
自衛隊のなかには、こういう思いを持った人が実際にはかなりいるのではないでしょうか。自衛官は職務上、命令に関して自らの思いを表せない、または表すことを「しない」と決めている人たちです。だから平和運動の側が、少しでもかれらの声を聞いて、社会に伝えてゆくことが大切です。

こういうこともありました。2年前の夏、海上自衛隊の一般公開日に、護衛艦に乗って見学していた市民の帽子が風で飛んで海に落ちたんです。そのとき、「平和船団」はヨットを出して自衛官への呼びかけをしていたんですが、艦上の自衛官から「帽子を拾ってください」と声をかけられました。

僕らが目障りで、「あいつらはとんでもない奴らだ」と自衛官が思っていたら、そうは言わなかったでしょう。「平和船団」が一番近くにいたわけですが、そばには海上保安庁の巡視艇もいたし、海上自衛隊も警備のためにゴムボートを出していたので、そっちに頼みたければ頼める状況でしたから。

僕らがすぐに帽子を拾うと、護衛艦から小さな錨が降りてきて、そこに帽子を乗せました。錨を手繰り寄せて帽子を手にした瞬間に自衛官が、「シーマンとして感謝します」と言ったんです。僕らは「『拾ってくれ』と言ってくれてありがとう」と返しました。それに類するやりとりは結構あって、敵対的ではない語りかけを続けることで、自衛官との関係を作りえているかと思います。
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