新たな憲法9条論を作りだすために
吉田 憲法9条が自衛官のいのちを守っているとは、つまり「交戦権を認めない」ということですよね。憲法9条の枠、歯止めがあるから、イラクに自衛隊が行っても、「戦闘地域ではなく、非戦闘地域にしか派遣しない」と政府は言わざるをえない。イラク特措法のなかにそうした制約を設けざるをえない。

もちろん「非戦闘地域」という概念は虚構です。しかし、憲法9条の存在を無視もできない政府は、自衛隊を米軍が掃討作戦で戦闘している地域にまで送りたくても、やはりできない現実があるわけです。もしも改憲して交戦権を認めたら、堂々と参戦できるようになってしまいます。

だから、イラク特措法やテロ対策特措法、周辺事態法などに、憲法9条の平和力が一定の歯止めをかけているんです。それが自衛官のいのちを守ることにつながっている事実に、自衛官自身が気がつづいてほしい、ということですね。

新倉 そのとおりです。「憲法9条が自衛官のいのちを守っている」という表現は、1997年に日米新ガイドラインが合意され、自衛隊が専守防衛の枠を超えて米軍とともに海外展開する方針が強まってから、意識的に用いています。当初、自衛隊が違憲だと考える人たちからはあまり評判がよくなかったですね。

そもそも自衛隊は違憲で、その根拠は憲法9条です。それが自衛官のいのちを守っているというのは、結果的に、自衛隊容認論になってしまうとの警戒感からです。その危惧は、私たちにもよくわかります。
平和運動、市民運動をしている人たちのなかにも、この表現はとても新鮮だし、いろんなことが見えてくるという意見もあります。一方で、ずっと「自衛隊は憲法9条違反」と言ってきた人たちには、整理がうまくつかない、というとまどいがある。

でも、整理のつかないところがポイントなんです。そもそも自衛隊は最初に大きな矛盾を抱えて始まっており、憲法からは整理がつかない存在です。そのなかの自衛官が9条に守られているという表現は、だからはじめから整理のつかない問題なんです。

そこを、自衛官の側から整理すると何が見えてくるか。「9条を変えろ」という動きが強まる一方で、僕らは「変えるべきではない」と訴えています。ふたつの選択肢があるなかで、自衛官が平和運動の側が提示する整理の仕方を受け入れてくれるように、9条が自衛官にとって果たす役割を具体的に訴え、伝えうる憲法9条論を作りださないとだめなんじゃないかと思いますね。

いまや「憲法を守れ!」という言い方は、古くさく聞こえる時代です。憲法を守ることが自己目的化しているイメージなんですね。憲法9条は大切な何かを守るための約束として明文化されているのであって、9条自体を守るために自己目的化されて存在しているのではありません。

自衛隊がイラクの戦地にまで送られる現状において、憲法9条が自衛官にとって果たしている役割を明らかにして、その9条の重要性と力を自衛隊の現場に示していくような憲法9条論を作らないといけない。それは、9条が平和力を回復する道でもある。そう思います。( 3へ続く >>>

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