《広く知られてほしい「非核神戸方式」と戦争非協力の方法》
吉田 ところで、港湾法の平和力が活かされている典型的な例に、「非核神戸方式」がありますね。

新倉 1975年に、神戸市議会は「国際貿易港として平和な港でなければならない神戸港に、もし核兵器が持ち込まれれば港湾機能の阻害や市民の不安と混乱を引き起こす」という理由から、全会一致で「核兵器積載艦艇の神戸港入港拒否に関する決議」をおこないました。

以後、この決議に基づき神戸市長は港湾管理事務のひとつとして、入港する外国艦船すべてに「非核証明書」の提出を求める行政指導をしています。これが「非核神戸方式」と呼ばれるものです。

吉田 米軍は核抑止戦略の方針から、個別艦艇の核兵器積載の有無を明らかにせず、「非核証明」を出しません。それで結果的に、米艦艇は1975年以来、神戸港に入港していませんね。この事実には重みがあります。広く知られてほしいことです。

新倉 「非核神戸方式」に関する多くの解説は議会決議に焦点があてられており、もちろんそれはとても大切なことです。でも、自治体の意思の確認を支えているのは港湾法なんです。つまり港湾の管理権が神戸市長にあるから、「非核証明」の提出を求めることができるんです。港湾法の原点は横浜港と神戸港の接収解除にありますが、「非核神戸方式」は港湾法の理念を体現した取り組みだと言えるでしょう。

吉田 「非核神戸方式」は、1997年の日米新ガイドライン(日米防衛協力の指針)決定の前後から再び注目されていますね。
周辺事態法も有事法制も、法律がつくられた要因のひとつはこの日米新ガイドラインです。日米両政府が国会審議も経ずに決めてしまった新ガイドラインによって、アメリカの世界戦略に基づく戦争に日本が協力する路線ができていきました。

アメリカ政府は1994年に朝鮮半島核開発疑惑の問題が起こったとき、北朝鮮との紛争を想定して、日本政府に8空港6港湾の使用を要求しました。米軍が北朝鮮と戦争するためには、日本の港や空港から兵員や武器・弾薬などの物資を運ぶ必要があります。朝鮮戦争のときのように、日本列島全体が米軍の後方支援基地(兵站基地)として機能しないと、米軍は東北アジアでの紛争に軍事介入できないわけです。

しかし、日本側は国内法的に米軍の要求に対応できないという現実がありました。そこで、米軍にとって必要な法整備を求めるアメリカ政府からの圧力もあって、日米安保の再定義と新ガイドライン決定を経て、周辺事態法がつくられます。

周辺事態法によって、米軍の武力行使を自治体と民間に協力させる仕組みがつくられ、その延長線上に有事法制があります。戦争協力を強いられるおそれのある自治体職員や民間の労働者(運輸交通関係など)は危機感を深めています。港湾や空港が軍事目的で使用されれば攻撃対象にもなり、地域住民の生命も脅かされることになります。

そこで、港湾の軍事使用を阻み、戦争非協力を通すために、自治体の港湾管理権に基づく「非核神戸方式」が有効な方法になるのではないか、ということですね。「非核神戸方式」を参考に、函館や小樽、高知などで「非核・平和条例」づくりを求める市民運動が起きています。
新倉さんは港湾法のなかにある平和力に着目して、戦争非協力の論理と具体的な方法を編み出そうと提唱されていますが、そのことに話をつなげてください。

新倉 先程も言いましたが、港湾法の強さに気づいたのは「平和船団」の活動を通じてです。頭で考えたり文献を読むよりも、現実の行動が先行していたんです。
ミサイルなどの武器を満載した艦艇が出動する米軍基地は、戦地と直結した「有事」の場ですよね。しかし、そうした場でも港湾法は機能していて、港湾法に裏づけられて基地のなかに船を出すことができます。

これを「有事」の場合の民間港に置き換えて考えてみます。いくら周辺事態法をつくったとしても、それだけでは港湾法の機能を止めて、安保条約の規定の外にある、自治体が管理する港を米軍が自由に使えるようにはならないはずです。

周辺事態法も武力攻撃事態法など有事法制も、現在ある個別法の上に君臨する法律としてはつくられていません。港湾法とも横並びの個別法のひとつなんです。有事法制には適用除外条項があり、個別法の機能を停止する側面がありますが、それでも港湾法に定められた自治体の管理権を否定することはできません。

そのポイントを押さえておくことが大切です。ややもすると、「こんなに大変な法律がつくられるから反対しましょう」という点を強調して、反対運動の側が政府の狙いを読み込みすぎて、法律により大きな機能を持たせかねないおそれがあります。

僕らは米軍基地と自衛隊基地を抱える横須賀の現実のなかで、どうすればその状況を食い破ることができるかという発想をしていますので、相手側を大きく描くことの意味のなさはよくわかっているんです。
そのような現実のなかで、どうすれば戦争に向かう動きを少しでも押しもどすことができるのかが、そもそもの条件なんです。

「こんなに大変だから反対しましょう」と言って人びとに運動に参加してもらうのではなく、「こんなことができるから一緒にがんばろう」と呼びかけることのほうが、より大事だと思っています。( 9へ続く >>>

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