2004年5月20日木曜日。総統就任式の日、台北は朝から激しい雨が降り注いでいた。総統府前の広場の貴賓席には、ビニールの屋根がつけられていたが、そこに雨水が溜まり過ぎて土台が傾くというアクシデントがあった。それほど激しい雨だった。しかし、とにかく懸案の無事に式は終わった。

野党の中国国民党と親民党は、総統府から三キロ離れた国父紀念館で独自の集会を開いて気勢をあげた。カンニングで総統になったと陳水扁を罵倒している野党親民党の宋楚瑜主席は、「そら見ろ。天も泣いているわ」と拳を振り上げた。

その前日、両野党の主席は、両党の合併に合意したことを発表している。これは、二人が進めた二か月にわたる就任式妨害作戦で最後に放った一矢だった。この合意が本当に実現すれば、中国派が大同団結する。そして、年末の国会議員選挙で民進党・台聯の台湾派と真っ向から激突することになる。

しかし合併にはさまざまな壁が横たわっている。党名をどうするかといった大問題もあるが(中国国民党を国民党にするという案もある)、なにより狂信的な中国派である親民党を取り込むことに、国民党内部の隠れ台湾派が警戒心を露にしているからである。中国国民党、あるいは個々の党員は、これから台湾派に傾くのか、中国派に傾くのか逡巡を展開することになる。

なお、動向が注目される馬英九台北市長(中国国民党副主席)は、総統就任式に出向かず、国民党などの抗議集会のほうに参加した。
就任式の関心は、当然陳水扁総統の演説の内容に集まるわけであるが、実際には、このなかに目を引くような言辞が出てくる可能性は皆無である。演説の内容は、事前にアメリカに伝えられ、アメリカは中国に転送し、双方の暗黙の了解を得ている。すなわち、陳水扁総統に発言の自由はないのである。(ある意味で、こうした台、米、中の連携が続く限り、台湾海峡に突発的な事件はないと言ってもよい)。

それでも、陳総統の演説で注目したいのは、彼が憲法改定ではなく、新憲法制定を明言したことであろう。四年のうちに台湾に合った憲法を作ることが自分の責任だと宣言した。実現すれば、台湾人民は初めて自らの意志で憲法を制定することになる。歴史上、画期的なことである。
(04年5月20日)