「辺野古より」
p-0508a.jpg名護市長が政府案受け入れを表明した最初の土曜日に辺野古<へのこ>に行ってみた。2000年のサミット以来の訪問である。そのとき、この浜で世界先住民平和音楽祭があって、台湾からは前号で紹介したプユマの人たちが招待され、私も同行したのである。

半島を囲むように延々と米軍基地のフェンスが続く。これがキャンプシュワブである。シュワブというのは、アルバート・E・シュワブという勇猛な一等兵にちなんで命名されたという。

ここに四千人の米兵が駐屯しているのだが、このすぐ脇の海に、普天間にあるヘリポートの機能を移そうというのが、日本政府の提案で、名護市長は四月七日になって、その受け入れを表明したのである。

p-0508b.jpgさぞかし地元は怒りに沸騰しているだろうと休日の昼ごろを選んで出かけてみたのだが、座り込みのテントにはたった二人しかいなかった。

一人は、地元の年配の男性、もう一人は読谷からかけつけたという支援の青年。おかげで、ゆっくりお話をうかがうことができたが、あまりにのんびりした風景にいささか拍子抜けした。

テントは、漁港のまん前にある。入り江に漁船が数隻並んでいる。透明な海である。珊瑚特有のコバルトブルーだ。半島の突端にみえているのが、現在の基地施設だという。指呼の距離にある。その中間に広がる海を埋め立てて飛行場を造ろうというのである。

違和感がある。金閣寺の脇に電信柱を建てているような違和感がある。ちょっと信じがたい。ここに滑走路を作るんですかと、おじさんに幼稚な質問を繰り返した。どうして市長は受けいれたのか、滑走路が何本とか、X字だV字だ、1500メートルだ1800メートルだとか、そんな小手先の修正はたいした問題ではない。ごまかしだ。一度、ブルドーザーでつぶしたら、二度と海は帰ってこないのである。
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