鉱夫たちが、ささやかな改革の恩恵に浴して、共通して得た結論だった。
もちろん、剣徳鉱山で対外開放の利益を最も多く手にしたのは、鉱業部や鉱山の党、行政、警察、保衛部の官僚たちだったが、そのお陰で労働者たちも労賃や食糧配給というおこぼれを多少なりとも得たのである。

この話をしている新参の客本人も、労働者たちには申し訳ないが、自分は毎月3千ウォンの労賃をもらっていると自慢した。
そうこうするうちに列車は吉州駅に到着し、私は列車を降りた。気晴らしがてら、友人もホームに降りて、私を見送ってくれた。

「久しぶりに汽車も定刻に到着したし…。あの剣徳の男のお陰だな。ところで彼はどこまで行くんだって?」
「茂山(ムサン、中国との国境の都市)に出張らしい。中国から送還されてきた自分の担当区域の渡江者(脱北者) を引き取りに行くんだそうだ」
「ありゃそうなのか。彼は保衛員なのか」
急に寒気を感じた。

私は思わず身をすくめ、友人の見送りの視線を背中に感じながら、新しい取材ネタが待つ目的地に向けて足早に歩き出した。(注4)
(資料提供 2006年8月リ・ジュン 整理:リュウ・ギョンウォン)

注3 思想的に問題があるとされ、思想教育や強制労働の対象となる人々のこと。
注4 中国から強制送還された人々は、国境にある保衛部が一時的に受け入れた後、身元が確認されると居住地の担当保衛員が呼び出され、引き渡される。つまり、この剣徳の男も国家保衛部の職員だったということだ。

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