警備詰所の壁にもたれて商売する主人公のおばあさん。(2008年10月 シム・ウイチョン撮影)

警備詰所の壁にもたれて商売する主人公のおばあさん。(2008年10月 シム・ウイチョン撮影)

 

黄海南道のある都市。その一角の細い十字路に面した所に扉の壊れた古い警備詰所があった。その警備詰所の周りはいつも人が集まって騒々しい。
建物は古くみすぼらしかったが、その町内には泥棒が寄り付きもしなかった。
なぜなら、この警備詰所の前には、泥棒たちから町内を守ろうと、自ら進んで見張りをしている、一人の勇敢なおばあさんが鎮座していたからである。

長年連れ添った真面目なご主人を、つい最近見送ったおばあさんは、きびしいこの世の中に一人残されてしまった。
ご主人が生前に残してくれた小さな家と少しばかりの財産が、おばあさんの残された人生の最後の支えだった。
ある日の午後四時頃、具合が悪くて病院に行き、診察を終えて帰宅すると、おばあさんの自宅は、台所の扉が見るも無残に壊され、つぶれた金具だけが、扉にブラブラとぶら下がっていた。西へ沈み出した夕日が、がらんとした家の中を虚しく照らしていた。

ご主人の形見の大切なビデオ録画機やテレビは、跡形もなく無くなっていた。麻袋に何袋か入れてあった米も、きれいさっぱり持って行かれてしまっていた。
「信じられるものは何もない」時代らしく、おばあさんの手元には、僅かな現金しか残らなかった。目の前が真っ暗になった。
実は、このおばあさんの近所に、凶悪なことで有名なゴロツキが一人暮らしていたのだが、その日、おばあさんがよそ行きの服を着て病院へ行くのを、このゴロツキは見ていたのであった。

一匹のどじょうが川の水を濁らせるというが、このゴロツキのせいで近所の人はこれまで大なり小なり、何かしらの被害を受けており、そのことへの不満は積もりに積もっていた。
好き勝手して生きてきたこのゴロツキは、主人を亡くし独りになった老婆の家にまで、その黒い手を伸ばしたのだった。

この男の背後に、この地区の保安署(警察署)の担当保安員がぴったりと癒着しているのが問題だった。そのため、このところ町内で泥棒の被害が発生しても、誰一人としてその保安員に届け出なくなってしまっていた。

年老いた身で泥棒の被害に遭ったこのおばあさんは、留守宅が気になるので遠くへも行けず、仕方なく近所の警備詰所のまん前に座って、少しばかりのパンを作って売っては、やっとのことで生計を立てていくことになった。
生きていくためには、盗みに入られたぐらいでじっと手をこまねいてはいられないのだ。
ある日、ちょうど通りかかった担当保安員と出くわした。

「ばあさん、泥棒に入られたんだって? だけど、ここで商売なんかしてちゃ困るんだ。警備詰所は警備の人間が使う場所だからな」
にっくき腐敗保安員のこの言葉は、おばあさんにとっては、また泥棒の被害に遭えと言っているようなものだった。
おばあさんは胸に怒りがこみ上げてきて、我慢できずに思いのたけをぶちまけた。
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