平壌市民がみないい暮らしをしているという認識は間違いだ。少なくない平壌市民がその日その日を何とか食いつなぐ生活だ。写真は楽浪区域をうろついている少女コチェビ。(2007年8月 リ・ジュン撮影)

平壌市民がみないい暮らしをしているという認識は間違いだ。少なくない平壌市民がその日その日を何とか食いつなぐ生活だ。写真は楽浪区域をうろついている少女コチェビ。(2007年8月 リ・ジュン撮影)

 

部屋に戻ると、意外にも先生がヨンスンと真剣に話をしていた。
自分の娘が単に金にしか興味がなくて商売を始めたわけではないことを悟ったようだ。
両親の血を受け継いで、社会的な問題を鋭い視点で分析する能力を持ち合わせているというインテリ的な側面を娘の中に見い出し、自らと対等に議論できる相手としてようやく認めたように映った。

「要するに、その南の出身者が、国で禁じている油の売買をしても、民族の美風良俗を南朝鮮式に汚したりしても、われわれ人民大衆にとっては笑い話に過ぎず、結局は半分認めているようなものだということか? そいつは後ろ指を指されることもなく?」
父親の例の鋭い質問に、娘の目は俄然、輝きだした。

「あのね、今どき、そんなことで後ろ指を指されながら暮らしてる人なんていないのよ。
今の世の中、それぞれ『自分で稼いで、自力で暮らす』。これが社会秩序でしょ。

『社会主義』はもうこの世に存在しないの。今じゃ幹部からして、『人民』とは、もう関係ない存在なんだもの
。実際、われわれ人民にしても、もう幹部だからって、たいして気を使わなくなっているし。
もし社会主義を復活させたら、幹部は供給所に届く品物を横流しするしかない。そんな不正行為をしなくちゃ生きていけないじゃない。
でも、今は『配給途絶が社会の秩序』なのよ。幹部が横流ししようにもほとんどできなくなってるわ。結局、幹部も収奪するために動かなければ、つまり自力で稼がなければ生きていけない時代なのよ。

商売の世界には『にっくき政治的階級闘争の敵』なんて存在しないわ。だって経済現象なんだから。自分が心血を注いで努力したぶんだけ、収穫が自分に帰ってくるんだもの。いい暮らしをするか、ひもじい思いをするかは、全部自分の責任なのよ。
昔の敵だろうがなんだろうが、商売の取引は取引なのよ。その入北者も、商売の取引が上手だから重宝されているということでしょ」
そこへ奥さんがひと言付け加えた。

「美風良俗というものは、上の人が模範を示してこそなのに、国のお偉い方たちが乱すだけ乱してしまったんですもの、今さら通用しないんでしょうね」
先生がまた質問をした。
「確かに幹部の中に度の過ぎる賄賂を受け取っていい暮らしをしている者がいるが、それはそれでは周りが黙っちゃいないだろ?」
〈日ごろ政治や権力に関する発言をしなかった先生も、口には出さずとも問題意識は持っておられたんだなあ〉
私は先生の新たな一面を発見して驚いた。

一方、娘は父親の質問に対し、筋道立てて答えていく。
「そんな事にいちいち文句つけないんですってば。
郡の党責任秘書が自分の権力を振りかざすといったって『お前たちの里からコメいくらを持って来い』っていう程度でしょ? 配給がなくてジャンマダンだけが命の綱だから、その秩序に従うってことなのよ。個人的な信頼を裏切らない限りは告発されることはないと思うわ。
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