北朝鮮の食糧配給票。職業や年齢により九つの級数があり、配給される量が決められる。写真は3級の配給票。1日に700グラムの穀物を受け取れる。上旬と下旬に月2回に分けて配給される規則なのだが、この15年、多くの職場で配給票はほとんど意味をなさなくなった。

北朝鮮の食糧配給票。職業や年齢により九つの級数があり、配給される量が決められる。写真は3級の配給票。1日に700グラムの穀物を受け取れる。上旬と下旬に月2回に分けて配給される規則なのだが、この15年、多くの職場で配給票はほとんど意味をなさなくなった。

 

解説 金正日政権のデノミの真の狙いは何か 1  石丸次郎
突然の「貨幣交換」(デノミ)の衝撃が、北朝鮮の民衆一般にとって、いかに大きなものだったか、前記事のインタビューで読者の皆さんにも伝わったと思う。ちなみに、交換上限額の旧ウォン一〇万ウォンというのは実勢レートでおよそ二五〇〇円。地方都市の中間層のざっと一ヶ月の生活費である(首都平壌[ピョンヤン]はこの二倍程度)。それ以上の金は、こつこつ貯めていたものでも一切無効になるというのだから、なんとも無茶な措置である。

食糧をはじめ物資の供給能力がまったく不足しているのに、通貨切り下げを突然強行し、商行為まで制限すれば、物価が高騰するのは火を見るより明らかだ。混乱が十分に予想されたはずなのだが、それを承知でなぜ、北朝鮮当局はデノミに踏み切ったのだろうか? その本当の目的は何だったのだろうか? そして今後どのような事態に発展していくのだろうか? この原稿を書いている二〇一〇年二月後半の段階では、北朝鮮内部の情報がまだ少なく言及できることには限界があるのだが、考察を試みてみたいと思う。

官製メディアの公式見解
突然の「貨幣交換」の実施について、北朝鮮当局は、一応その目的を官製メディアを通じて説明している。二〇〇九年一二月一一日付の在日朝鮮総連機関紙『朝鮮新報』は、朝鮮中央銀行職員のチョ・ソンヒョン氏 (朝鮮語版では責任部員)へのインタビュー記事を掲載した。『朝鮮新報』は東京で編集されているが、北朝鮮政府の立場を海外に向けて伝える役割を担うメディアである。このインタビュー記事は、朝鮮語版、日本語版両方に掲載された重要なもので、金正日政権のデノミ断行の「建前上の理由」がよくわかる。引用しつつ整理したい。なお、この記事中では「貨幣交換」を「通貨交換」とも表記しているが同じことを指している。(記事全文は、こちらのリンク先で読めます。)
[以下、引用]

 朝鮮中央銀行職員のチョ・ソンヒョン氏(44)は、今回の貨幣交換措置の背景と目的について、「貨幣の流通を円滑にすることで、『経済強国』の建設を促進し、人民の利益を擁護して、彼らの生活を安定、向上させることにある」と説明する。

朝鮮経済は1990年代、西側諸国の反朝鮮孤立圧殺策動と、相次いだ自然災害、社会主義市場の崩壊などによって深刻な打撃を受けた。90年代後半には「苦難の行軍」、強行軍と呼ばれる経済停滞期に陥ったことで工場や企業所の生産が激減し、人民生活にも甚大な影響を及ぼした。そんな状況の中、朝鮮は国防力の強化や社会福祉などの社会主義的施策を実施するためにばく大な資金を支出した。その結果、インフレが起き、人民経済の発展において不均衡が生じることになった。
朝鮮はこのような状況を克服するためにさまざまな措置を講じた。
近年、工場など生産現場では全般的な設備が刷新され、工場の新設も相次いでいる。
[中略]
同氏は「経済全般が上昇軌道に入った」としながら、「インフレ現象を抑制できる物質的な環境が整った」と指摘した。
[中略]
チョ氏は、通貨交換後の国内の物価などについて、国家が価格調整措置を講じた02年7月の水準になるだろうと予測する。当時、朝鮮はコメの国際市場価格を基準に全般的な財、サービスの価格を設定した。
一方、今回の措置が朝鮮の自由市場経済化を促すものではないかとの憶測が一部で飛び交っている。同氏は、「われわれは自由市場経済に向かうのではなく社会主義経済管理の原則と秩序をさらに強化していく」と、このような見方を一蹴した。
また、価格は需要と供給のバランスの推移により変動が有りえるが、今回の措置によって市場での物価の平均水準は02年7月1日より下落するだろうと話す。
今後、朝鮮の経済活動の大部分が市場ではなく計画的な供給システムによって流通されるようになり、それによって計画経済の秩序がさらに強化されると見越されている。
企業所の生産活動に必要な物資を計画通りに保障できず、市場の利用を一部許した点については、「社会主義経済管理の原則を固守したうえで、あくまで補助的な空間として市場を利用した」と説明。「経済活動における国の役割や能力が再び強化されるにつれ、市場の役割は次第に弱まるだろう」と話す。
今回の措置について、チョ氏の周辺では肯定的な反応が伝わっているという。
「通貨交換は国家と社会のために誠実に働き、報酬を得る勤労者を優待する措置になっている。労働者、農民、事務員など多数の勤労者から今回の措置に対する歓迎と支持を得ている」
同氏によると、さらに今後、経済管理において一部の乱れた現象を正す措置が講じられるという。
また、商店や食堂では今後いっさい、外貨でのやりとりが不可能となる。(注1)

[以上、引用]
(つづく)
注1 インタビューの中で、チョ・ソンヒョン氏は「貨幣のデザインと種類を改善し、最新の貨幣製造技術を導入する必要性も生じた」と、デノミの目的を追加して述べている。これは、おそらく偽札対策の必要性ではないかと思われる。北朝鮮国内で高額紙幣の偽札が流通しているという話をよく耳にするからだ。

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