平壌市内の市場近くを冬服で歩く人民軍兵士。防寒用の帽子をかぶっているが、ウサギの毛皮でできているようには見えない。(2008年12月平壌市寺洞区域 リ・ソンヒ撮影)

 

朝からぐずついていた空が、夕方にはとうとう大粒の雨を降らせ始めた。意地悪くザーザーと降りしきる雨の中を、暗がりのあちこちで人びとが走り出した。私は、そのうち降り止むだろうと雨宿りをしてのだが、雨脚が弱まる気配がないので、仕方なくズボンの裾を捲り上げ職場の正門を飛び出した。

ぬかるんだ通りを飛び跳ねるように走ったため、靴とズボンははねた泥ですっかり汚れてしまった。雨水は下着まで滲みこみ、すっかり濡れねずみになってしまった。

容赦なく顔を濡らす雨を必死に拭いつつ走っていたのだが、いつしか疲れてしまい、速度を落としゆっくりと雨の中を歩いた。あれこれと考え事をしながら進んでいると家の前に辿り着いたのだが、どうしたことか妻が玄関先で私を待っているではないか。
「どうしたんだ?」
私が尋ねると、妻が不安そうな声で答えた。
「ヒョクチョリ(息子の名)がまだ戻らないのよ」

「なんだって? 今何時だ」
「九時ですよ。私はてっきりあなたと一緒に帰ってくるものとばかり思っていたのに」
「親が迎えに行くような年でもあるまいし」
息子はもう一六歳だ。

「でも雨が降ってきたから」
とその時、暗闇の中から誰かの足音が聞こえた。妻が思わず声をかける。
「ヒョクチョリ!」

「なに? お母さん」
「どうしてこんなに遅かったの? カバンはどうしたの? あんた、喧嘩でもしたの?」
息つく間も無いくらい矢継ぎ早に質問をする妻に息子が素っ気なく答えた。
「チトーの部屋に居たんだよ」

「チトーって誰なの?」
息子を質問責めにする妻を遮り、雨でずぶぬれの私は同じくずぶぬれの息子に、とにかく家の中に入るように言った。
さっと体を拭き、乾いた服に着替え終えて一息ついたので、私は息子に尋ねた。
「お前、どうしてチトーの部屋にカバンを置いてきたんだ?」

「あなた、チトーって子知ってるの?
チトーって誰なの?」
妻が横から口を挟んだ。
「まったく、君は何も知らないな。少年団と青年同盟の指導員のことを子どもたちはチトーって呼ぶんだよ。僕と君とどっちが子どものことをよく知っているか、これだけでもわかりそうなもんだよ」
私がそこまで言うと妻はようやく大笑いした。

「私はてっきりユーゴスラビアの元大統領のことかと思っちゃったわよ」
「まったく母さんたら」
(指導の朝鮮語の発音は「チド」。それが転じて「チトー」なったものと思われる)

「それにしても、そのチトーがどうしてヒョクチョルのカバンをとってしまうの?」
腑に落ちないといった面持ちで妻が訊いた。
「ウサギの毛皮のせいだよ」
息子がイラついた口調で答えた。

ことの起こりは、数日前に青年同盟から供出を命じられたウサギの毛皮を準備できなかったことにあったのだった。私は息子に尋ねた。
「それで何枚もって来いと?」
「四枚」

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