「8.3人民消費品」を売る直売店(2008年10月黄海南道海州市 シム・ウィチョン撮影)

 

北朝鮮には何かと月日を冠した用語が多い。たとえば「七・一経済管理改善措置」。これは二〇〇二年に始まった新経済政策の名称で、七月一日をもって新政策を開始せよという金正日総書記の指示を冠したものだ。「事件事故」の記事で紹介した「六・一八突撃隊」も、九九年六月一八日に金正日総書記が現地指導した日付にちなんで付けられている。

唯一指導体系のお国柄、金日成--金正日親子の誕生日は民族最大の祝日とされているし、金総書記が重要な現地指導した日は、ことごとく記念日として刻まれる。社会隅々の事象までが「唯一の指導者」に由来して語られなければならないのである。

さて、北朝鮮内部の記者たちや取材協力者たちと話をしていて、しばしば出てくるのに意味も由来もよくわからない言葉に、「八・三」という日付けを冠したものがあった。「パルサム」と発音する。だいだい否定的な文脈の中で語られるのだが、ニュアンスとしては、でたらめ、偽物、まがい物といった感じである。その由来を〇五年末に中国に出てきた内部記者のペク・ヒャンに尋ねたことがある。彼女は笑いながら次のように答えてくれた。

「『八・三』という言葉は、もともと『八・三人民消費品』から来たもんなんです。朝鮮は何もかもが不足しているじゃないですか。工場も生産が止まっている所がほとんどだし。それで、企業所や家庭で、副業で人民のための消費物資を作れという指令があったんです。服や靴下や机やミシンやらを作って納めるんですが、そんなの、素人が副業なんかでまともに作れるはずがないじゃないですか。模倣して作っても質が悪くて使い物にならない。それで『八・三』といえば、足りない、まがい物という意味で使われるようになったんですよ」

なるほど、筆者の感じ取ったニュアンスはまんざら遠いものではなかったようだ。それでは、なぜ「八・三」という日付がついたのか。在日朝鮮総連の機関紙『朝鮮新報』がその理由を簡潔に説明してくれているので引用しよう。

[以下、引用]
「8・3人民消費品」の名称は金正日総書記の現地指導に由来する。総書記は1984年8月3日、平壌市軽工業製品展示場を訪ねて市内の各区域、郡から出品された人民消費品を見回りながら、人民生活向上のために全大衆的な消費品生産運動を繰り広げるよう指示した。この時から「8月3日人民消費品」という言葉が使われ始めた。
[以上、引用]

「八・三人民消費品」の生産のしくみについても引用しておこう。
[以下、引用]
国家による大規模な投資がなくても、広範な人びとの知恵と創意工夫に基づいて、さまざまな生活必需品を作る大衆運動が展開されている。
「8・3消費品」の生産のため、金属工場や機械工場など、軽工業部門以外の生産部門にも職場や作業班が設置されている。また住民が暮らす区域ごとに家内作業班(主婦、老人らで構成された生産単位)管理所があり、洞や人民班にも家内作業班が組織されている。これらの場所で日用雑貨を含む人民消費品が生産される。

原材料は工場、企業所の生産および経営活動の過程で出た副産物や、遊休資材など。毎年、各道と市の人民委員会はそれぞれの地域内の工場、企業所と協議しながら、国家の生産計画を遂行する過程で出る副産物などの量、内容などを事前に打算し、それを原料とする「8・3消費品」の生産計画を立てる。
「8・3消費品」は国家計画外で生産された物品として取り扱われるため、製品は国営商店ではなく各区域にある直売店で販売される。販売価格は生産者と販売者との合意を通じて定められる。
(いずれも『朝鮮新報』二〇〇九年三月一一日付)
[以上、引用]

資料を調べていると、毎年八月三日が近づいてくると、平壌はじめ各地で「八・三人民消費品」の展示会や行事が開かれ、人民の消費生活向上に多大な貢献をしていると報道されていることがわかった。ペク記者の言葉どおり、まがい物の役立たずばかりが作られているとしたら、そんな記事こそが「八・三」と呼ばれるにふさわしそうである。
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