第3回 敷地は一面畑になっていた
廃墟と化した建物に近づいていく。窓枠が取り外され内部がらんどうになり、屋根までがどこかにいってしまって、内部が天に晒されている。その周辺は、見渡す限りのトウモロコシ畑が広がっていた。
(取材・撮影:キム・ドンチョル 順川 2009年7月 01分51秒)

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順川ビナロン連合企業所、通称「順川ビナロン」

この北朝鮮最大の石炭化学コンビナートの名前を、北朝鮮人の大部分は、北朝鮮式社会主義の、民族自立経済路線の失敗の代名詞、象徴のように捉えている。

〈偉大なる首領〉金日成の命によって始まり、莫大な労力と資金を投入したこの大プロジェクトは、結局まともに稼動することもなく時間だけが過ぎ、国民に何の説明もないまま頓挫してしまったからだ。

「ぴくりと動きもしないうちに廃墟になった」
「畑になっている」

リムジンガンの内部記者たちだけでなく、北朝鮮からの越境者、脱北難民たちも「順川ビナロン」の末路を、このように伝える。

プラントに設置されていた機械類の多くは他所に運び出されたり、ばらされてスクラップとして売り飛ばされたりしていった。建物の窓ガラスも建材も屋根板も、労働者や近隣の住民によって取り外され持って行かれたのだという。

だが、これまで私たち外部の者が見ることができたのは、八九年の完工前後に現地を案内された外国メディアの映像や、北朝鮮当局が官製メディアに流した写真や映像しかなかった。

90年代からたびたび順川市を訪れて現地の事情に詳しいキム・ドンチョル記者は「順川ビナロンの無残な姿こそが、今 の北朝鮮の経済破綻を象徴している。世界の人に知ってもらいたい」と、2009年夏、現地取材に赴き、「順川ビナロンの現在」を世界で初めて撮影するのに 成功した。
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