商売のため大荷物を抱えて列車に乗り込もうとする人々。(2005年6月咸鏡南道咸興駅 リ・ジュン撮影)


2.市場の力が作った長距離バス網[1]

取材 キム・ドンチョル/リ・ジュン/石丸次郎
情報提供 チェ・ギョンオク
監修 リ・サンボン(脱北者)
整理 リ・ジンス

一九九〇年代の「苦難の行軍」と呼ばれる大社会混乱期を前後して、北朝鮮で市場経済が急速に発達してきたことは、本誌の中でも繰り返し述べてきた。原始的で規模も小さかった闇市場は、この一五年ほどの間に全国津々浦々に広がって規模を何百倍に拡大させ、どんどん複雑化・高度化していった。今や市場パワーは、北朝鮮の経済を牛耳らんとするほどの勢いを持つようになったのである。その実態をわかりやすく説明するために、内部記者たちが撮影してきたビデオや写真を細かく分析して「北朝鮮の市場経済」として連載していく。

第二回目のテーマは運輸・交通。北朝鮮の移動の手段といえば、長く鉄道が中心であった。これと近距離のローカルバスとが、一般国民の移動手段のほぼすべてだったと言ってもいい。ところが現在では、都市間を長距離バスが毎日運行し、荷台に人を満載したトラックが北朝鮮中を縦横無尽に走るようになった。この「交通革命」と呼べる変化は、どのようにしてもたらされたのだろうか。

麻痺が続く鉄道網
北朝鮮の鉄道網は総延長五二四二キロと、同三三七八キロの韓国を大きく引き離している(注1)。国土の広さが韓国の約一・二倍に及ぶことを差し引いて考えても、日本の植民地時代に基盤整備されたこの鉄道網が、山がちな北朝鮮にあって、東西南北を繋ぐ重要な交通インフラであったことは間違いない。「あった」と過去形で述べたのは、北朝鮮の鉄道が、運輸の動脈の役割を果たせなくなって久しいからである。

北朝鮮内部に住む本誌の記者や取材協力者たちから「通常なら半日で行ける距離なのに、列車が進んだり止まったりで、三日かかった」、「ここ数日、鉄道はまったく動いていない」という報告が来るのは日常茶飯事だ。さらに「鉄道の麻痺は九〇年代初めから始まっていた」と口を揃えて言う。鉄道網の麻痺の原因についてまとめてみよう。
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